主役になれないお姫さま
【side:詩乃】

歓迎会からひと月半が経った。
吉川くんは私と一真さんのことを社内に広めるわけでもなく、態度を変えるわけでもなく、今まで通りに接してくれていた。

私にとっては同い年だが相変わらず兄の様に頼れる存在だった。

一真さんはどんなに遅くとも平日は私の家へ来て、週末になると私を自分のマンションへ連れて行った。

いくら家が近いと行っても面倒だから最近では一緒に住みたいと言い始めている。
職場でも顔を合わせる機会はあるのだから、平日は会いに来なくても良いと言っているのに…。

佐々木先輩は相変わらずの態度で接してくるが、最近は外出が多く顔を合わせることが少なくなり助かっていた。

どちらかと言うと怠け者な性格の彼が、外出が多くなった理由はやはり父親としての責任感の表れなのだろうと思ったいた。しかし、実は後で吉川くんから聞いた話しだが、一真さんが私と佐々木先輩の接点を減らすために、自分が取ったアポの中で当たり障りのない案件を無理やり回して外出を増やしてくれていた。

営業は他の部署よりも経費精算が多いので営業部の1階下が経理部になっており、エレベータを待たずに階段で行けるようにとの配慮だった。
なので、他の部署とは違い、階段で行き来することが多かった。
2課の経費申請書類を提出し、経理部と同じフロアにある総務部から営業部あての郵便物を受け取ると、階段を使って営業部へと戻る。
そんなに急な階段ではないのだが、息が上がってしまっていることに気づき、数か月前の健康診断で貧血だと注意をされていたことを思い出した。
なるべく鉄分を取る食事を心がけていたが、それでは足りなかったようだ。

営業のフロアにつくとエレベータホールに一真さんの姿があった。

「お疲れ様です。」

「あぁ、三浦さん、お疲れ様。副社長に呼ばれてちょっと上に行ってくる。何かあれば携帯で呼び出してくれ。」

「はい、わかりました。」

エレベーターが開くと外出から戻った佐々木先輩が降りてきた。

佐々木先輩と入れ違いに一真さんがエレベーターに乗り込む。

心配そうにこちらを見つめていたが、大丈夫だと小さく手でサインを送ると、静かにエレベータの扉は閉まった。

「…お疲れ様です。」

「あぁ。」

目も合わさずに先輩は答える。
ここまま一緒に営業部のフロアに戻るのは気まずい。エレベーターほーるから営業部のオフィスはたった数メートルの距離だが、嫌味や文句をつけるには十分な距離だった。

お手洗いにでも寄ってタイミングをずらそうとしたのだが、動き出すのが遅かった。
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