主役になれないお姫さま
翌日、副社長室に呼び出され松山に会いに行くと既に佐々木が部屋にいた。

「早速だが、2人には昨日のことは報告してもらいたくて来てもらった。何があったか佐々木くん、説明してくれるね?」

「…はい。この度はお騒がせして申し訳ありませんでした。妻は妊娠によってナーバスになっており、僕と三浦さんが不倫関係にあると思い込んで言い合いになってしまったのがきっかけです。妻が掴み掛かったところを止めるために間に入ったのですが、バランスを崩して落下してしまいました。勿論、不倫なんて妻の妄想でしかありません…。最近の彼女は普通ではなくて…。」

 …コイツ、全て妻のせいにして終わらすつもりかなのか?お前らのせいで俺と詩乃の子どもがダメになってしまったと言うのに!

怒鳴りつけてやろうかとしたが、俺の表情を読んだ松山が『落ち着け』と言うように俺の方に手を置いた。

「佐々木くん、では、全て山田さんが悪いと言いたいのかね?」

「…はい。僕がもっとしっかりしていれば良かったのですが…。」

「…実はね、君と山田さんには他の件でも聞きたいことがあるんだ。」

「えっ?…ほ、他の件とは…。」

佐々木の目が泳ぎ出す。どうやら松山は横領の話もここで始めるつもりなのだろう。

「実は君が申請し、山田さんが処理した経費申請だけ実態の無いものがいくつかあってね。この件も一緒に確認をしたい。」

そう言うと、松山は証拠となる書類を佐々木に見せた。

「……。」

書類に目を通した佐々木の顔がみるみる青ざめていく。

「全て正直に話してくれないか?」

「…はい。」

観念したの佐々木は山田さんとの出会いから話し始めた。

「実は…。経費を申請した後に給与と一緒に振り込まれる金額は特に気にしていなかったんです。ある日、彼女に呼ばれてこう言われたんです。『佐々木さんの申請した書類、絶対にバレないよう量増しして申請したからそのお金で食事に行こう。』と…。」

「それで?」

「初めはなんの事かさっぱりわからなかったのですが、申請書のコピーを取るようにして、次の給料明細と比較したんです。そしたら、かなりの額が増されていて…。」

「何故その時点で会社に報告しなかったんだ?」

「…彼女に勝手にこんなことされて迷惑だから会社に正直話すと言ったんですが、無理やり僕にやらされたと言う。と言われてしまい…。その頃には既に身体の関係もあり当時付き合っていた三浦さんへホテルで撮った写真を見せるとも言われてしまったので、情けない話ですが彼女の言われるがままになってました。」

「…ほんと情けないな。」

「おい、一真。」

本音が漏れてしまい松山に注意される。

「…はは。ほんと情けないです。山田さんとはいつか別れるつもりでいたんですが、僕の子どもを身籠ったと言われてしまい、仕方なく三浦さんとは別れることにしたんです。…それなのに、彼女のお腹にいるのは僕の子では無いようで…。」

「「はっ?」」

松山と2人声が揃う。

「実はこないだ偶然に母子手帳を目にしたのですが、僕との行為をした日と妊娠の週数に2週間ほどズレがあることに気づいたんです。その時、出張だったんで妻とは一度も会ってないんです。僕以外にも相手がいたんですよ…。あの女。」

結婚してままない相手を『あの女』扱いとは…。

「だから離婚を切り出したら俺の子だと言い張るし、三浦さんとよりを戻すのかって言いがかりをつけてきたんです。昨日も偶然、階段で三浦さんと会ったのに2人でコソコソと会っていると言いがかりをつけてきて…。自分は俺以外の相手がいる癖に最低な女ですよ。」

「その君以外の相手は誰かわかっているのか?もしかして、その相手も社内の人物で同じように経費を誤魔化している可能性はありそうか?」

松山が言う通り、山田さんの相手が社内の人物で有ればあり得る話だ。

「いえ、相手までは…。」

「そうか、なら、山田さんの体調を見て話を聞くしかないな…。」

そう言うと、松山はため息のように息をはいた。

「そうだな。」

「しかし、よく山田さんの最終月経日なんて覚えてたな、私は嫁の生理がいつ始まっていつ終わった何か気にした事がないが…。」

そう言えば昨日の医師もそんなような事を言っていた。詩乃の話によれば、かなりいい加減な性格の彼が相手の生理の周期を気にしていたなんて思えない…。俺だって気にした事がない。

「えっ?」

佐々木はきょとんとした顔でこちらを見る。

「受精した日=行為があった日から数えるんじゃないんですか?」

「妊娠の週数は最終月経の開始日から数えるって以前嫁が話していた。排卵が大体二週間後だから妊娠に気付いた時には既に妊娠1ヶ月となるって…。知らなかったのか?」

松山が説明すると何かに気付いたのかハッとした表情を見せた。

「その計算だと恐らく僕の子だ…。なんて事だ…。彼女がで転落した時、知らない男の子どもを育てるなんて御免だからこのままダメになってしまえば良いって…。」

父親として、いや、人としてなんて話しだ!気が付いたら佐々木の胸ぐらを掴んでいた。

「なんだと!って事はあえて助けずに見てたのか!?」

「横谷っ!落ち着け!!」

松山が俺の手を掴み胸ぐらから離させる。

「いいか!お前らの子供を助けるのに三浦さんは庇って一緒に落下したんだぞ!」

「彼女、お人好しのところがありますからね…。まさか庇って落ちるとは思いませんでした。あいつが会社にいると妻の機嫌が悪いからいい気味ですよ…。」

「三浦さんがお前に何か悪いことしたのかよっ!!」

 一度は好きだった女に対してなんて薄情な男なんだ!

こいつの話を聞いていると怒りでおかしくなりそうになる。
詩乃のことを『三浦さん』と呼べている時点ではまだ理性がかろうじて残っていたのだろう。

「彼女も少しメンタルおかしいんですよ。僕と別れた後、平気で出社してくるし…。普通、元カレがいる職場なんて気まずくて来れないですよね…。僕たちの結婚式とかも平気で来ちゃうし…。」

 …こいつ、詩乃が今までどんな気持ちで耐えていたのか想像できないのかっ!?

詩乃を嘲笑う様に口角を上げたのを見た瞬間に理性が飛んだ。

「やめろ!一真っ!!!」

松山が止めに入ったが一歩遅かった。

利き手を握りしめ思いっきり佐々木に殴り掛かると、その勢いで『グォッ』っと変な声を上げて床に倒れた。
さすがに二発目は松山が間に合い殴ることはできなかった。

「いいか!よく聞け!彼女も妊娠していたんだ!!!お前らの子どもを守るために俺と詩乃の子どものは死んだんだっ!!」

「…えっ?横谷部長代理と三浦が付き合ってるってこと…ですか?」

「お前らに巻き込まれたせいで、俺は自分の子どもを抱くことが出来なかったんだっっ!!!」

松山に抑えながら今の思いを叫ぶ。

「えっ?それって逆恨みっすか?彼女が勝手に庇ったんですよね…。」

「お前っ!何ふざけたこと言ったんだっ!!」

殴りかかろうとするが松山に抑えられ動けない。

人を殺してやりたいと思うほど程の怒りを感じたのは初めてだった。

「おいっ!佐藤!!」

「はいっ。」

隣室にいた佐藤だが部屋の様子を伺っていたのか呼ばれると直ぐに入ってきた。

「こいつを別の部屋に連れて行ってくれっ!」

「畏まりました。さぁ、横谷部長代理、こちらへ…。」

無理やり別室へ連れて行かれたが暫く怒りはおさまらなかった。
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