Rain, rain later
 梅雨がくる。

 相も変わらずそこにあった。
 小宇宙と、駆ける白猫、そして。
 ついっと猫がブレーキをかけたところで私は彼の後ろにたどり着いた。
“誰を待ってるの”
 きっとはぐらかされるな。と思いつつ、前に回ろうとすると、雨の中でもわかるほど震えた吐息が聞こえた。

「…………逢里……」

 あいり。
 あいり。
 逢、里?
「逢里、お姉ちゃん……?」
 急にな脳の血が足りなくなったみたいだ。視界がぼやけてピントが合わない。
 なんだか、とても、くるしい。
「だれ?……西野?」
 そうだよ。西野だよ。こっち見て。
 理一は振り返らずに言った。「となり、きて」
 かすれた声が耳を痛くなでる。
 大人しく隣に移動したものの、そこに座ることも顔を見ることもできなくてただ突っ立っていた。
 見下ろす形になると、理一がとても小さく、頼りなく弱々しく見える。
 なんか私まで泣きそう。
「ねえ。誰を待ってるの」
 もう何も期待しないよ。これ以上は何の詮索もしないよ。だからお願い、涙のわけを、雨の意味を、私に教えてほしい。
「……俺、ずっとここで待ってたんだ」
 視界の理一がぐにゃっと歪んで、冷たいまつげが目元をくすぐる。
 顔は火照っているはずなのに、指先はひどく冷える。
 その指先でぴりぴり痛む耳をなでた。
「雨の、日は……っ逢里が、バスで…帰るから……一緒に、学校、出るのに」
 小宇宙からのぞく手が、傘の柄を強く掴んで真っ赤に染まっている。
「あの日……俺、ずっと待って…そ、たら、救急車、が……きて……!」
 湿った声がする。このまま雨に溶けてしまうんじゃなかろうか。
 そしたら、そう、わたしが掬ってあげる。

「 」

 そのあと、理一が何と言っていたのかわからなかった。
 聞こえてはいるんだろうけど、頭が言葉を処理できない。
「私は逢里にはなれないや。……私にも名前があるもん」
 なんでそんなことを言ったのか訳もわからないまま、たぶん私は穏やかな顔をしていたと思う。
 だって、白くてきれいな肌に、つい、ついっ、て滴が滑ってまた水に還ってく。
 なんてきれいなんだろう。
 雨と涙でひたひたの黒い目に、見られているのに私は映ってない。
 それでもいい。
 それでもいいよ。
 声もなく、叫ぶようなすがるような顔が悲痛で仕方ない。
 皮膜一枚隔てた別空間のいきものみたいな感じがして、私はこれ以上近づけない。
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