絶叫、そして契り/『ヒート・フルーツ』第1部終盤エピソード特別編集版❣
その10
多美代



結局、表面上は荒子総長が本郷の要望を丸々呑んだということになる

私は総長が本郷に取り込まれたとは決して思わないが、ここに立ち会ってる皆さんからしたら、何でそこまで譲歩するんだってところだろうね

五條先輩以外の4人は憤懣やるせない表情を露わにして、顔には納得いかないと書かれてるよ

私だって正直、みんなと同じ気持ちだが、やはり総長の判断を尊重したい

入院中に今後の方針については、ある程度説明してもらってるし…

なにしろ、この人の一言一句、一挙一動は、それこそ南玉だけじゃなく、都県境全体を深慮してのことだと信じてるからね

ここでの細かいところは後で話してくれるだろうし、今は本郷へのけじめだ

きっちりカタだよ!


...


総長は両脇を二人に抱えられるようにゆっくり歩き、本郷の正面に立った

私は総長の松葉つえを持って二人の横にいる

さあ、始まるぞ…

この状況を想定した事前の申し合わせは綿密にしてあるから、コトが済んだ後の段取りはスムーズに運ぶだろう

この旧体育館内は、すでに異常な暑さと緊迫感で不穏な空気に覆われていた

私も汗べっとりで心臓はドキドキしてる…

だが、当の本郷そして荒子総長の二人は、落ち着いた表情で互いに視線を交わしているよ

そして、荒子総長は貰い受ける骨を決めるようだ…

...


なんと…!

左手の小指かよ…

自分は足の骨を折られてるのに…

単純に考えて、ひざ下と手の小指じゃあ割に合わないでしょ

しかし、これも荒子総長なりの考えがあってのことだろう

総長はいみじくもこう言ったよ

「…小指でも一本は一本だ」

この言葉を聞いた本郷、ちょっと顔つきが変わったわ

おそらく荒子総長からの”想い”が胸に届いたんじゃないか


...


数十秒後、異様な静寂を保っていたこの建物内には絶叫がこだました

コトは一瞬だった

「よし、板を当てて包帯だ!あちらの車にはすぐ発進できるように伝えろ!外の連中にも運び出すから、段取り通りの配置を指示だ。急げ…!」

荒子さんの後見役、五條先輩の実にテキパキとした指示で現場の1年は機敏に行動を開始した

一方、応急手当てを受ける本郷は、歯を食いしばって激痛に顔をゆがめていた…

それは、壮絶な風景だったよ

...


「多美…、ケジメを果たした本郷の姿、よく目に刻んどけ…。これから先も向き合っていかなくてはならない相手だから…」

たった今、目の前で起こった凄惨な”儀式”に呆然としていた私から松葉つえを受け取ると、荒子総長はちょっと”事務的”にそう語りかけてくれた

「本郷、大事にな…」

「…総長、お世話になりました…」

3年男子の先輩に背負われた本郷に総長が声をかけると、ヤツは絞り出すような声でそう返事をしてたよ

まさに痛々しい限りだったが、脂汗だらだらのその表情からは、どこか清々しさも感じたかな…

私と荒子総長はおんぶされた本郷の後ろ姿を見届けながら、しばらく無言で突っ立ていたわ

たった今、何かが終わった

そして同時に、新しい何かがまた始まったんだろうね、きっと…




< 19 / 39 >

この作品をシェア

pagetop