魔法のいらないシンデレラ【書籍化】
「和樹くんが、どうかしましたか?何かご心配なことでも?」

一生が声のトーンを落としながら聞くと、佐知は慌てて首を振った。

「いえ、そういう訳ではないの」
「そうですか。もし何か私に出来ることがありましたら、いつでもおっしゃってください」
「ありがとう。ごめんなさいね、急に和樹の話なんてして。あの子、何も言わないけれど、最近妙にイライラしていてね。母親には絶対相談しないだろうけど、一生さんなら何か心当たりがあるかしらと思っただけなの。でも一生さんも知らないとなると、やっぱり仕事のことではないのね…」

そう言って、会場の真ん中辺りに位置するテーブルをじっと見つめる。

なんだろうと、一生もそちらに目を向けていると、お忙しいところ呼び止めてごめんなさいねと言って、佐知は自分の席へと戻っていった。

頭を下げて見送ってから、一生は壁際で待っていた早瀬の隣に行き、再び真ん中のテーブルに目をやった。

女性三人と男性が一人のテーブル…どうやら母と娘、そしてその夫といったご家族のようだ。

(ん?あの女性、どこかで会ったような…)

なんとなく浮かない顔で、手にしたグラスを揺らしている青いドレスの女性をじっと見つめる。

「あっ!」

思わず声に出してしまった。

「どうかなさいましたか?」

隣の早瀬が怪訝そうに聞いてくる。

「いや、なんでもない」

すぐさま否定して、もう一度そっと視線を戻す。

(間違いない。先週、和樹とロビーでもめていた女性だ)

ということは…

佐知のセリフを思い出す。

どうやら和樹は、あの婚約者とのことで何か悩んでいるらしい。

(とは言ってもなあ…今まで和樹から彼女の話を聞いたことがないし。学生の頃からお互い、そういう恋愛関係の話はさっぱりだしな)

うーん、と少し考えてみたが、やはりこの件で自分に出来ることは、残念ながら今は何もなさそうだった。
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