魔法のいらないシンデレラ
目の前の状況から、別のことを考え始めた一生に、早瀬がいつものように落ち着いた口調で言う。

「端末で調べてみたところ、本日、澤山 和樹様は、エグゼクティブスイートにお泊りのようです」
「え?!では、澤山様に内線電話でご連絡致しましょうか?」

近くにいたナイトマネージャーが、解決の糸口が見つかったとばかりに身を乗り出してくる。

「いや、それはだめだ」

ピシャリと一生は遮った。

なぜ…と言いたげな彼に向き直る。

「ホテルマンは、お客様のプライベートに踏み込んではならない。これは鉄則だ。恋人同士のご関係ならなおさら」

早瀬とナイトマネージャーは、姿勢を正して一生の言葉を聞いている。

「こちらのお客様は、婚約者の部屋を出てお一人でここにいらっしゃった。何か事情があるはずだ」

(しかも泣いていた。クリスマス・イブなのに…)

一生はカウンターから顔を戻し、早瀬に言った。

「総支配人室のプライベートルームに運ぶ」

一瞬驚いた表情を見せたが、すぐに早瀬は頷いた。
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