霊感御曹司と結婚する方法

思い出は、苦くて

(私は、何をしているんだろう……)

 朝にお皿を洗いながら、昨晩のことを思い出して、自分のとった態度に猛烈に後悔していた。

 村岡さんは、キスくらい何とも思っていないだろう。でも私は違う。ハッキリいって今まで普通に彼氏なんかいたことが無かった。

 そんなこと言ったら、向井さんに怒られるかもしれないが、私にとってはあれは自分の思う恋愛ではなかったから、向井さんを彼氏としてカウントしていない。

 向井さんとはキスもしたしそれなりのこともしてきた。でも、いつも不安がつきまとっていた。そして、心から満たされることは一度もなかった。そして、いつもそのことを、彼に申し訳なく思っていた。

 私は、向井さんと別れたかった。

 昨日の夜は、そういうことを思い出していた。

 緩やかだが、確実に悪化していく彼の病状で、あの頃が最後の小康状態だと思っていた。後から思えば、それは思った通りで、私から別れを言えるチャンスはその後は来なかった。

 あの日あたりを境に、徐々に向井さんの体調が安定することはなくなっていった。そんな彼に別れてほしいなんて言えるわけもなかったし、そんな考えもいつの間にかなくなっていた。そして、結局亡くなる直前まで、彼との関係は続いた。

 村岡さんの家に住むようになってから、平日でも仕事帰りに彼と食事に行ったり、週末は彼に誘われて買い物にでかけたりしていた。彼と一緒の時間をすごしてきて、向井さんのことを思い出すことは少なくなった。

 そうした中で、急に出張でひと月もの間、村岡さんに会えなくなった。彼とは恋人同士でもなんでもないことはわかっているのに、彼から一度も連絡ももらえなくて、イライラしている自分に戸惑っていた。

 遠城さんから、向井さんの最期のことを聞いて、しばらく落ち込むこともあったけど、何となく自分で消化してしまって、もう彼にまつわることは自分のなかでは消えつつあるのかなと思っていた。

 でも、そういうところに、夜の海につれて来られて、海を見て久しぶりに向井さんのことをリアルに思いだした。それで心の余裕をなくした。

──残念ながら、花火はあがらないな。

 村岡さんが言った言葉は偶然だろうけど、彼には、初めて会った時から、私の心のうちを見透かされているように思える。

 私は彼に恋をし始めている。そのことも見透かされているのだろうか。それであんなキスをされてしまったのか。私が拒まないと知って。

 村岡さんは雇い主だし、あの狭いオフィスで恋愛沙汰を持ち込むのは良くない。

 でも、私のこの思いは、どこに落ち着けたらいいんだろう。もう、次から二人で会う時は、どんな顔して会えばいいのか分からない。

 でも、その心配には及ばなくて、その後、彼からは、しばらく連絡も誘いもこなくなった。
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