霊感御曹司と結婚する方法

帰還不能点 ー糾司視点ー

 出張から戻って、俺は、蒼子と距離を置くことにした。帰国してすぐに、遠城さんにいろいろと吹き込まれた上に、義姉との事もあってタイミングが悪すぎたが、自分が一番悪い。

 あの夜は、普段と違う様子の彼女に、色気を感じてやられてしまったということもある。

 あれから、オフィスでの蒼子は元気がない。吉田もそれに気がついている。

 吉田のこともある。遠城さんから、彼も蒼子に気があるという話を聞いたあとで、彼を差し置いて、蒼子との関係を進めることは絶対にできない。

 そして一番の問題は、彼女の気持ちを無視してしまっている。

 自分の中での冷却期間を経て、俺にとっては、自分の縁談の話を進めるのが現実的な選択肢かもしれないと思い始めてもいた。

 義姉の言いなりになるかはともかく。

 だが、あの日の蒼子が俺に見せた隙と、彼女の唇の感触がずっと忘れられないでいた。ああいった感じで相手に惹き寄せられるようにしたキスは初めてかもしれない。

「今日は蒼子ちゃん、いないの?」

 午後イチで来社した遠城さんは、会議テーブルについて、俺の顔を見るなりそういった。

「昼から用事があると言って帰りました」

「どおりで機嫌が悪そうなわけね」

「誰がです?」

「あなた以外にいる? あなたがそういう不貞腐った顔をしているのは珍しいから気になるのよ」

「そうですか?」

「ごめんなさい。意地悪いわよね」

 彼女はうふふと笑った。

「まあ、ちょうど彼女がいなくて良かった。仕事の話の前に、この間の人事のシステムの事を言っておこうと思って」

 遠城さんは人事システムの監査ログに蒼子と向井のデータに照会した痕跡を、偶然見つけたといって、変だから俺に伝えに来たと言った。

「監査ログっていうのは、早い話、システムの動作を記録して証跡として残しておくためのものなんだけど、今回のシステムの改修で手を入れたところのうちの一つなの。その経過をチェックしていたところだったんだけど……」

 アクセスした人物は、閲覧権限のある管理職級の社員であるが、人事と全く関係のない事業部長であることも教えてくれた。

「いつですか? それ」

「私が気がついたのはここに来る前。ログの日付は十日前」

 俺は、十日以前に何があったか記憶をたどっていた。

「わざわざ紙面データで入手していたの。変でしょう? 二人はとっくに在籍していないし」

「遠城さん、すみません」

 吉田が間に入ってきた。

「その事業部長は要注意人物だ。村岡の義理のお姉さんと親しいみたいでさ……。いいにくい関係の」

「それって、専務の奥さんの浮気相手ってこと?」

 遠城さんは、当然、俺の兄のことを知っている。その事業部長のことは、俺も心当たりがあった。兄の近しい部下の一人だ。

「噂レベルですよ。ただ、一部の間で情報の共有はされている。……あ、遠城さん、誰にもしゃべらないでくださいよ」

 俺は、そこまで聞いて蒼子が出かけるときに感じた違和感の原因がわかった気がした。

 蒼子から、午後に休みがほしいと申し出があった時に、彼女の表情に一瞬の違和感を感じとった。

 それで、今の話を聞いて、パチンとパズルのピースがハマるかのような確かな感覚があった。

 それはイヤな予感と繋がって、急に居ても立っても居られなくなった。
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