霊感御曹司と結婚する方法

氷山の一角

 一歌さんが、私を脅迫するためのネタを、人事データから不正に得ていたということが、エムテイ本社で問題視された。

 そして、私はエムテイ本社で、向井さんの奥さんとのトラブルについて弁明できる機会をあたえられた。

 内心では今更と思うし、そもそもそんなことが記録されていたことも全く知らなかった。それを知ったところでも、どうでもいいことだと思った。

 でも、吉田さんに説得された。

「不倫していたことは事実ですし、彼からお金を受け取り続けたのも事実です」

「僕は、君の退職に至ったトラブルを君と知り合う前に知っていた。君が在籍していた支社の人事課長から、直接聞いたんだ。

 聞いた話は、不倫相手の預貯金を現金に替えて自宅に隠し持っていたということ。総額三千万。相手の妻に支払った慰謝料は三百万。それだけだ。

 僕はずっと不思議だった。

 君と仕事をしてきて、僕には君が金に執着するとか、そんなことをするような女性にはどうしても見えなかった。

 書かれていることは切り取られた事実だろう。

 そして、君の思うところは違うだろう?

 僕がよく知る、君という人が、知らないところで間違った評価がされているなんて、少なくとも僕は嫌だ。

 今更エムテイに事情を話したところで、示談の内容は覆らないし、払ったお金も帰ってこないだろう。でも、君に付いた不当な人事評価を覆すことは君にとって大きな意味を持つはずだ」

 それを聞いて、私はふいに涙がこぼれた。

「そう、言ってくれる人がいると知っただけで、私はじゅうぶんです」

 吉田さんは、優しく微笑んで言った。

「でもね、村岡のためにもさ……」

「……どういうことですか?」

「最初に、村岡が君をグリーンに迎えたいと話をしたときに、彼は君がエムテイを退職する経緯を知って心配していたんだ。その内容のことではなくて、自分のところの会社が、社員の個人的なことで、不当な人事評価をつけたことに責任を感じたんだろう」

「……そこまでのことでしょうか?」

「それはそうだ。だって、もしこれが人手にわたったらどうなる?」

「……困るし、とても怖いことだと思います」

「人事システムを堅牢にするために、村岡は、しばらく遠城さんに相談していたみたいだ。

 そのおかげで、一歌さんが君の情報を不正に入手していたのもすぐ分かったし、実は、他にも何人かの社員が不正に人事データに照会していたこともわかって、評価内容の見直しにもつながったんだ。

 そろそろ村岡を解放してやってよ。罪の意識からさ。意外と繊細な奴なんだよ。ああ見えて。

 最初、村岡が君に不自然に近づいたのはそういうことがあったからだと思う。

 でも、本当のところは君に恋をしているのに、そういう事情を君の知らないところで知っているから、なかなか踏み出せないでいたんだよ」

 後日、人事本部に出向いて、向井さんと知り合ったいきさつと、彼からお金を受け取った経緯を説明した。

「あなたは、受け取った封筒の中身が現金だったということは知らなかったということですね?」

「はい」

「どうして中身を確認しなかったのですか?」

「向井さんとの約束だったからです」

 そんな感じの、なんでもないやり取りをした。でもそれで、私の人事評価は白紙に戻ったのだった。

 そして最後は、

「一身上の都合で退職ということになっていますが、あなたさえよければ、いつでも籍を戻すことは可能です」

 ということだった。
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