一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました




繭がお手洗いに行くのを見送ったマスターに、椿は支払いの為のクレジットカードを差し出した。



「繭さんの分も合わせて一括でお願いします」
「……椿、悪いけど繭さんを最寄り駅のタクシー乗り場まで……」
「そのつもりでした、何なら家まで送」
「それはいい、お前食いそうだし」
「先輩の大事なお客様に手は出しませんよ」



余裕の笑みを浮かべながら、グラスに残っていた酒を飲み干した椿に、神妙な面持ちで繭という人間を語り始めるマスター。



「繭さんは椿が相手にしてきた女達とは違うんだよ、真面目で不器用で誤解されやすいけど人一倍努力家なんだ」
「……先輩、繭さんの事狙ってるんですか?奥さんいるのに」
「ちげぇよ!人として素敵で大事なお客様だから絶対手ぇ出すなって忠告してんだよ!あとマスターって呼べっ」



既婚者のマスターを疑うような目で見つめる椿は、少し羨ましい気持ちも抱いて一息つくと、お手洗いから出てきた繭がふらふらと席に戻ってきた。

そして財布を出そうとしていたので、すかさず椿が繭の手を掴んで止める。



「もう済みましたよ」
「へ?」
「駅まで送ります、マスターまた後日顔出すんで」
「あ、え?えと……マ、マスターさよならぁ〜!」



椿は繭の手を掴んだまま出口に向かおうとするので、戸惑いながらも慌ててマスターに挨拶した繭。

そして二人揃って店を出て行くのを見送ったマスターは、後輩の椿を信用しつつも少しだけ不安を抱えていて。



「……間違いだけは起こすなよ……」



そう祈らずにはいられなかった。



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