一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
バーを出ると、夜中にも関わらず仕事帰りの飲み会グループや遊び歩く若者達が行き来しており、まだまだ賑わいを見せていた。
それらをかき分けながら手を繋いで駅前に向かうのは、初対面同士で酒を飲み交わし打ち解けてきた繭と椿。
少し前を歩く椿に引っ張られるように進む繭だったが、握られた手に少しずつ恥ずかしさを覚えて、遠慮がちに声をかけた。
「つ、椿さん、もう大丈夫です〜」
「はい?」
「一人で歩けますから」
「……あ、すみません」
繭に言われてようやく足を止めた椿は、手を繋いでいた事にもやっと気付いてくれて、ゆっくりと力を緩めると。
少し名残惜しそうに指を引っかけて、そして離れていった。
「……本当にご馳走してくれたんですね、ありがとうございました」
「いえ、先に迷惑をかけたのは俺の方だから」
お礼の言葉と共に繭が深々と頭を下げると、椿も優しく微笑んで対応する。
バーでの楽しかった時間もあっという間で、そろそろお別れの時とわかると、何だかうまく言葉が出てこなくなる繭だったが。
明日も仕事だし、と現実を思い出して微笑み返す。
「では、ここで失礼しますね」
「あ、でもマスターと約束したんです繭さんを送るって」
「ふふ、大丈夫ですよ〜子供じゃないんですから」
そう言って軽い足取りで笑みを浮かべる繭が、椿を横切ろうとした時。
繭の何倍も泥酔した小太りのサラリーマンが、ものすごい勢いでバインと背中にぶつかってきた。
「ッ!?」
「おお!お姉ちゃん悪い悪い!」
サラリーマンの体当たりは凄まじく、反動で前方へと跳ね飛ばされた繭の体が、何処へ向かったかというと。
「!?……大丈夫?」
「び、びっくりした……」
椿の胸の中へとダイブし、しっかりと受け止められていた。
顔の側面をピタリと胸板に当てていて、メイクで汚してしまう心配と、不意にも椿の鼓動が聞こえてくるくらいの距離感に慌てて顔を上げる繭。