一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました
すると、同じタイミングでスマホが突然着信音を鳴らしたので慌てて画面を確認すると、表示されたのはまさに今電話をかけようとしていた"お母さん"だった。
「えっ、も……もしもし?」
「あー繭?お母さんよ、今バス待ってるところ」
先程竜巻のように現れ去っていった母の声色はいつも通りで、心配していた繭は少し拍子抜けしていると。
母は急に落ち着いたトーンで、繭にどうしても伝えたい事を話し始める。
「椿さん、大切にしなさいね」
「え?」
「お母さんはお父さんと最終的には別れたけど、家族としての情は今でもあるのよ」
「……」
「だってお母さん一人では生み出せないでしょ?大事な一人娘を」
「……うん」
ふふっと笑い声を漏らしながらも、その言葉一つ一つには確実に愛情が込められていると、今の繭は素直に受け取る事ができた。
仮面夫婦の両親が、幼い自分の存在のせいで離婚したくても出来ずにいたと思っていたのに。
繭というかけがえのない存在を手放したくなくて、離婚したくなかった仮面夫婦だったのだ。
それが果たして良い事なのかはわからないけど、自分が両親の自由な人生の選択肢を奪っていたと思い続けていた繭にとっては、十分救われた出来事となる。
「だからね、お母さんが何言いたいかというと」
「ん?」
「結婚式にはお父さんもお母さんもちゃんと呼んでねって話♪」
「……は、はい!?」
あまりに気の早い話を始めた母に、思わず大きな声で反応してしまった繭。
そもそも椿が繭に好意を抱いている事は知られても、二人が交際しているとか結婚を申し込まれているなどの詳細は伝えていないのに。
「用件はそれだけ、じゃあね!ブチッ」
「え!?ちょ、お母……!?」
相変わらずの竜巻のごとく、話したい事だけ話して一方的に通話を終えた母に、どっと疲れた繭は深く大きなため息をついた。
そして明るい母の声は、スピーカーにしていなくても繭のそばにいた椿に聞こえていて。
「孫が出来たって知ったらもっと喜ぶね、お母さん」
「っ……もっとうるさくなりそうです」
楽しそうに微笑む椿をよそに、口先を尖らせながら困ったように呟く繭だが。
その内心は、両親への感謝の気持ちでいっぱいだった。