一夜限りのお相手が溺愛先生へと変貌しました




「俺も、愛情いっぱいに育てた我が子が誰かに愛されてるって知ったら、嬉しくなると思う」
「……愛情、いっぱいに……」



繭は自分のお腹にそっと触れて、小さな小さな我が子を思うと胸の奥が温かくなり、早く会いたい気持ちが加速する。

これはきっと、自分がお腹の中にいた時の母が抱いた気持ちと同じなのかもしれないと思ったら。

子供だった繭が気付けなかっただけで、母は母なりに愛情を持って接してくれていたと認識を改めた。



「……椿さん、あの」
「ん?」
「母は私を、ちゃんと愛していたんでしょうか?」



もしかすると、自分は長い間母を誤解していたような気がして、子供の頃から思っていた親への不満が徐々に罪悪感へと変化していく。

すると繭の家庭の事情も、今の心境も踏まえて全てを察した椿は、その頭を優しく撫でた。



「それは繭さんにしかわからないけど、俺はそう信じたいな」
「…………」
「今の繭さんと同じように、お腹の子に初めて注がれるのは、母体である母親の愛情なんだと」



産婦人科に訪れる妊婦は、色々な事情や心情を抱えていて、医者である椿がどうこう出来る事ばかりではない。

時には厳しい現実と向き合わなければいけない事も、辛く悲しい結末を迎える事もあった。


それらを間近に感じながらも、全ての尊い命が誰かに愛されていた事だけは間違いないと、椿は強く願っている。

だからきっと、繭の母も。



「椿さんが来る直前に、母に悪い事してしまって……」
「え?」
「だから、母に電話してもいいですか?」
「……もちろんだよ」



あの時の寂しそうな母の表情が忘れられず、繭は母を傷つけてしまった事を謝りたくてスマホを取った。



< 77 / 139 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop