なぜか推しが追ってくる。
恭くんは、ゆっくりわたしの方へ手を伸ばした。
台本をテーブルに置き、自由になっていたわたしの手を優しく覆うように握る。
「だから──俺と付き合ってくれませんか、瑞紀ちゃん」
ヒーローのセリフから、完全に恭くんの言葉へと切り替わった。
お互いの気持ちは知っている。だけど、恋人同士なのかと聞かれれば首を傾げる。
そんな曖昧な関係に、終わりを告げる言葉。
「演じているうちに、この物語の彼の気持ちが自分の気持ちにどうしようもなく重なったんだ。だから言葉と勇気を貸してもらった。……本当のこと言うと、アドリブはあんまり得意じゃないんだけど」
「わ、わたし……」
上手く言葉が出ない。
恭くんがアドリブでセリフを入れ始めたときよりずっとずっとパニックだ。
「……彼女なんてつくったら、これからどんどん売り出していく恭くんの邪魔になるかもしれないよ?」
ヒロイン役から素に戻ったわたしの声は、情けないほど弱々しかった。
それに対して恭くんは、いたずらっぽく笑う。