冤罪で処刑され、ループする令嬢 ~生き方をかえてもダメ、婚約者をかえてもダメ。さすがにもう死にたくはないんですけど!?
 ――私なんて守る価値もないのに。なんでよ、リーンハルト。

 カランと音がしてナイフが床に落ちる。レティシアは血まみれのそれを首に突き付けた。

 恐ろしくて手が震える。死ななければ時が戻らない。ナイフを首の前で横に引いたけれど、深くはさせなくて、つつと血が流れ、リーンハルトの白皙の頬を穢す。
 レティシアは慌てて、彼の頬についたおのれの血を拭う。

 ――私の血で、彼を穢してはならない。

 ダメだ、ここでは死ねない。それにここで彼に折り重なるように死んだら、心中したようではないか。もし傷が浅くてなかなか死ねなかったら、もし死んでも時が戻らなかったら……。

 レティシアは作業室から飛び出して、廊下をやみくもに走った。

「リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト、どうしよう。リーンハルト」

 ――早く確実に死ななければ。

 泣きながら廊下の突き当りにある窓を大きく開ける。窓枠に腰を掛け、震える手で胸にナイフを突き立てた。そのまま後ろに倒れ込むとゆらりと体が傾ぎ、一瞬目前に満天の星空が広がった。
 ナイフの切っ先の焼けるような痛みが襲い、やがて急速な落下が始まった。ここは四階、ナイフで胸も刺した。確実に速やかに、今日中に死ねるはず。

 それはとてもふしぎな光景で、ぐんぐんと地面が、すごい勢いで近づいてくる。レティシアは衝突のその瞬間まで目を見開いていた。意外と人は気を失わない。自死する者に、きっとそんな都合のよい救いはないのだ。

 真夜中の学園に鈍く重い音が響き、ぐしゃりと潰れた。

 激しい痛み、それを凌駕する絶望と喪失感が永遠に――



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