冤罪で処刑され、ループする令嬢 ~生き方をかえてもダメ、婚約者をかえてもダメ。さすがにもう死にたくはないんですけど!?
「君は僕ではなく、血の繋がらない義弟を愛しているんだろう?」

「は? それってありえない。確かにリーンハルトは義弟だけれど家族だわ」

 驚きのあまり口調が砕けてしまった。トレバーの言葉に呆気にとられる。この人は何を言いだすのだろう。リーンハルトは『弟』だ。彼を男性として見たことなどない。

「ならば、どうしてこんな時間に二人でいるんだ? あの人が言った通りだ」

 『弟』だから、そんなことは気にしなかったのに。

「誤解よ。それにあの人って?」

 いきなりトレバーに腕を掴まれて引き寄せられる。

「レティシア! 危ない!」

 リーンハルトの叫び声。何が起きたのかも分からず、レティシアは義弟に突き飛ばされ、床で強かに腰をうった。

「ちょっと、リーンハルト! いったい、どうし……」

 それから起こったことはスローモーションのようだった。それなのに体が金縛りにあったように動かない。
 トレバーの振り上げた大ぶりなナイフがギラリと光り、リーンハルトと激しくもみ合う。そして、リーンハルトがトレバーからナイフを奪い取ると膝をついた。なぜ、ナイフが……。そして床にポタリポタリと血が落ちて。

「え、嘘、リーンハルト?」

 レティシアがふらふらと義弟に近寄って行くと、トレバーが叫び声をあげ、転げるように走り去っていく。膝をついたリーンハルトが床に崩れ落ちた。血が止まらない。赤い海が広がる。

「リーンハルト、リーンハルト、リーンハルト……」

 レティシアは治癒魔法を発動させた。しかし、血は溢れて止まらない。彼の胸の傷を抑えているのに指の隙間からこぽこぽと鮮血は溢れ、リーンハルトの瞳は固く閉ざされたまま、長い金糸まつげが影を落とす。

 レティシアが魔力を使い切っても彼のアイスブルーの瞳が再び開くことはなく……。
 夜の静けさのなかで彼の名を呼び手を握れば、ほんのりと温もりが残っていた。胸を深く刺されている。いち早く状況を察した彼が、レティシアを庇ったのだ。

「うそ、うそ、うそ、うそ」

 レティシアはハッとして、時計塔に目を向ける。今日が終わるまで、まだ五分残っている。リーンハルトが握っているナイフを取ろうとした。しっかりと握られたそれはなかなか取れなくて。最後まで愚かな義姉を守ろうとして、誰にも奪われないようにそれは固く固く握られていた。

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