俺様御曹司のなすがまま、激愛に抱かれる~偽りの婚約者だったのに、甘く娶られました~
「もうご存じだと思うんですが、この一ヵ月いろいろやらかしていましてですね……」

 隠しても仕方がないと思いながらも、やはりばつが悪く彼の方をまともに見られない。椅子に座ったまま上目遣いに彼を見た。

「いろいろな。聞いてる」

 何かを思い出したのか、こぶしを口元に宛てくくっと笑った。

「父親と娘を新郎新婦と勘違いした話、思い出した、あははは。そんなことあるか?」

「あ、あれは! すごく仲がよさそうで腕まで組んでたからつい……」

 先日実の親子をカップルと間違えた。お父様はすごくうれしそうにして喜んでくれたが、その日天川さんに「もう少し落ち着きなさい」と諭された。

「いいわけですね、すみません」

「そう落ち込むな。もう帰りたくなったか?」

「いえ、絶対に帰りません!」

 私は姿勢を正してはっきりと言い切った。

「まあ、今向こうに帰っても針の筵だろうしな」

 そうだった私の上司はどこの誰よりも私の事情をよく知っている。

「まあもちろんそれもあるんですけど。私まだ何も成し遂げていないので」

 失敗続きの自分がなに大きなことを言っているのだと言われても仕方ない。けれど私は一ヵ月仕事をやってきて、この仕事にやりがいを感じていた。

「私がここにきた意味があるって自分で思いたいし、御杖部長にもそう感じてもらいたいから」

 熱く語りすぎただろうか。最初の夜が影響してふたりだとついつい自分の心の内をさらけだしてしまう。

「ここに来た意味か……」

 御杖部長はどこに視線を向けることなく、私の言葉を繰り返した。その様子を不思議に思ったが彼はすぐに踵を返して出ていこうとする。

「まあ、期待しないでおく。おつかれ」

「おつかれさまです」

 最後一言余計じゃない? 

 心の中で唇を尖らせながら、パソコン作業を再開する。するとしばらくして扉がノックもなしに開いて驚いた。

「ひっ、なんだ御杖ぶちょ……わぁ」

 私が言葉を発し終わる前に、何かが私の手の中に放物線を描いて飛んできた。

「ナイスキャッチ。あんまり遅くまで残るなよ」

 御杖部長はそれだけ言い残して、扉を閉めて行ってしまった。

 私の手の中には、まだ温かい缶コーヒーがある。

 突然のことにぽかんとしてお礼も言えてない。ただ手の中にある温もりが、じわじわと疲れを癒してくれているような気がした。

「いただきます」
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