【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1

「佑さん、だろ」

「香澄。その選択を絶対に後悔させない。約束するよ」

「……宜しくお願い致します」

 久しぶりに男性に抱き締められ、香澄は体を緊張させる。
 しかも相手はあの御劔佑で、これから彼の〝特別〟になる事を了承してしまったのだ。

(て、照れる……)

 ぶわわっと顔が赤くなり、香澄は佑を抱き返す事も抵抗する事もできず、中途半端な姿勢のまま固まった。

「俺は自分から申し出た約束は反故にしない。今すぐには信じられないかもしれないけど、いずれ自分自身で実感して信じてほしい。人からの信頼というものを、短期間で得られるはずがないと分かっているから」

「はい」

 やんわりと抱擁から解放されたあと、頭をいい子いい子と撫でられる。
 人からそうされるのは、随分久しぶりな気がして、面映ゆい心地になった。

「それから、赤松さん。受け取ってほしいものがあるんだ」
「はい?」

 目をぱちくりとさせると、佑はまた書斎に戻り、手に小さな紙袋を提げて戻って来た。
 白い紙袋には、金色のアルファベットで店名とおぼしきロゴがある。

「出会った当日が誕生日で、大した物を用意できなかったんだけど」

「えっ、えぇっ!? そんな! ……いいのに……」

「いいから受け取って。仮にも付き合いたいと思っている女性の、誕生日プレゼントすらろくに用意できない男にさせないでほしいんだ」

 目の前に紙袋をかざされ、香澄は渋々と受け取る。

「ありがとうございます」

「どう致しまして。良かったら開けてみて」

「はい」

 ソファに座って紙袋の中に手を入れると、包装紙にラッピングされた箱状の物があった。
 それも取ると、濃紺のベルベットの生地が出てきてジュエリーボックスだと分かった。

 おずおずと佑を見ても、「開けて」と嬉しそうに微笑むだけだ。

(えいっ)

 思い切ってジュエリーボックスを開けると、青い石がついたペンダントが台座にあった。

「えっと……」

 香澄もジュエリーは少しばかり持っている。
 と言っても、高くて三、四万円ぐらいの物で、それ以上は望んでも沼になるだけだと分かっているので手を出さない。
 佑からもらった宝石は割と大きく、何カラットかは分からないが高価なのは確かだ。

「こ、こんな凄い物、頂けません」

 慌てて受け取りを辞退しようとするが、佑は例の笑みを浮かべている。

「いまさら返せない。受け取り手がいないから、引き取ってくれないか?」

「ウウ……」

「十一月が誕生日だっていうから、安易な考えだけど誕生石にブルートパーズを選んだ。喜んでくれたら嬉しいな」

 明るい色のトパーズは、まるで猫の目のような色をしている。

「……じゃあ、頂きます。……ありがとうございます。御劔さんの誕生日にどんなお返しができるか分かりませんが、その前に社員として働いてお返しできるよう、尽力致します」

「〝佑さん〟ね」

 名前で呼ぶよう促され、香澄は「は、はい」と頷く。

「つけてみようか」

 佑は台座からペンダントを外し、香澄に「髪を掻き上げて」と言ってくる。
 肩甲骨ほどまである髪を前に避けると、佑が後ろに回ってペンダントを付けてくれた。

(男性にペンダントを付けてもらうなんて、変な感じ……)

「鏡で見てみる?」

 言われて佑が歩き始めたので、慌ててついて行く。
 すると洗面所に着き、大きな鏡の前に立たされた。

「よく似合っているね。赤松さんは赤やピンクも似合いそうだけど、イメージカラーは青とか落ち着きのある色かな」

「よ、よく分かりましたね!? 私、青い色好きなんです。でも赤やピンクも好きで……」

 言い当てられて半ばギクリとして驚くと、佑がにっこり笑う。

「当たっていて良かった。どうやら俺たち、気が合いそうだな?」

「う……、うう……」

 知らない間に、ズブズブと彼の罠――といえば人聞きが悪いが――に嵌まっている気がする。

(こうやって人の懐に入り込んで、気が付いたら……っていう戦法なのかな。商談とかで失敗しなさそう)

 そんな事を思いながらも、香澄は自分の鎖骨の下にあるブルートパーズに見入る。

「……綺麗……」

「良かった」

 声が聞こえ、ハッと鏡を見ると佑が真後ろに立っている。
 そして両手を大理石の洗面台に置き、香澄を閉じ込めていた。

「ちょっ……ちょ、ま…………っ」

 急に男女のシチュエーションになり、香澄は焦って体をねじらせる。
 しかしそれは間違いで、すぐ目の前に佑の胸板が迫り、彼が楽しそうに目を細めてこちらを見ているのを直視する事になった。

「え、えっと……。こ、困ります」

 両手を顔の前に出して何とか壁にし、香澄は顔を逸らす。

「契約書には合意のない事はしないと書いたけど、合意があればいいだろう?」

「そ、そんな。こんなの……合意っていうか、断れないっていうか」

 佑は洗面台に手をついたままで、彼の低い声がすぐ近くで聞こえてゾクゾクする。
 元彼と付き合っていた時代も、これぐらい距離が近かった事はあったが、原西という元彼の声だけでこんなにドキドキした事はなかった。
 あっても、キスを迫られたり、性行為を望まれた時に囁かれた時ぐらいだ。

「男が下心なしにプレゼントを贈ると思う?」

 楽しげに言う佑は、どこまで冗談なのか分からない。

「みっ、御劔さん! 冗談は……っ」

「佑さん、だろ」

「ひゃっ……」

 耳元で囁かれ、香澄は肩を跳ねさせる。

「プレゼントをするたびに体をよこせなんて言わないけど、何かお礼は欲しいな」

 悪戯っぽく笑ったあと、佑は美しい色の瞳で香澄を見つめてくる。

「う……、ぅ。何か、とは……」

(こんな綺麗な色の目で見つめてくるのも、ずるい。絶対、至近距離で見つめ合ったら相手が自分の目に見とれるって分かってる、この人)

「キス」

 にっこり微笑まれ、香澄は両手でぐいーっと彼の胸板を押す。

「きゅ、急すぎます! 手も繋いでないのに! あ、あれ? 繋いだかな? あれ?」

 あまりに焦って、自分が何を言っているのか分からないし、記憶すら定かではない。

「じゃあ、ほっぺでいいよ。それならノーカンだろ? 海外では挨拶程度のものだし」

 そう言って佑は香澄に頬を向け、目を閉じる。

「う、うぅー……」

(睫毛ながっ)

 目の前に迫る美形をしげしげと見ながら、香澄は困り切ってうなる。

(偏見かもだけど、男性なのに肌ツルツル! 鼻先まで角質とかなくて綺麗だし、ヒゲの剃り跡も見えない。それにさっきからいい匂いで……)

 いま佑は香澄を見つめていないし、何か言葉を発して口説いてもいない。
 ただ目を閉じてキスを待っているだけなのに、香澄の理性を破壊しそうなフェロモンがある。

(これから、こんな人と一緒に過ごさないといけないなんて……)

「うぅ……」

 もう一度うなったあと、香澄はそっと彼の顔を手で支え、頬にちょん、とキスをした。
 佑が目を開いたかと思うと、こちらを見てにっこり笑う。

「ありがとう! 確かに頂いたよ」

 身を屈めていたのを戻すと、香澄の頭は彼の胸元ほどになる。

(背も高いんだよなぁ……)

「……あの、みつる……佑さん」

「ん?」

「その、外見の事を言われるの、嫌ですか?」

「あー、特に大丈夫だけど?」

「綺麗な色の目をしていますが、何て言う色の目なんですか?」

「ああ、目ね。種類としてはヘーゼルかな」

「ヘーゼル。……ヘーゼルナッツとか言いますね」

「ヘーゼルは日本語では榛色(はしばみいろ)。言葉の通り、ヘーゼルナッツに由来する色だ。色の幅は広くて、明るい茶色……時に金色から、グリーンがかったものもある。一概にブルーアイのように〝青〟と色を決められない目の色なんだ」

「そうなんですね」

 失礼かもしれない、と思いながらも、香澄はついつい彼の目を見てしまう。

「不思議ですね。基本的に明るい茶色なのに、虹彩? オレンジや黄色、黄緑やグリーンも混じっているように見えます」

「俺の従兄弟や祖父は完全にブルーアイなんだけどね。日本とのクォーターの場合、大体黒髪に焦げ茶の目になりやすいんだけど、俺は珍しいタイプらしい。遺伝パターンもそう単純ではないみたいだから、色々あるんだろうな」

「そうなんですね」

「それと、ドイツの祖父に嫁いだ祖母のルーツが北海道にある。北海道や東北やアイヌやロシア系の血が混じっている事もあって、日本人でも珍しい色味の目を持つ者が稀に生まれるそうだ。詳しい事は聞いていないけど、そういうルーツからの隔世遺伝も考えられる」

「ほぉ……。そんな可能性があるなんて、知りませんでした」

 日本人と言えば、焦げ茶色の目に黒髪がデフォルトと思っていたが、そう教えられると北の地に浪漫がある気持ちになれる。
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