【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1

運転手と護衛

 気持ちとしては芸能人と一緒に過ごしているようで、自分と佑が男女の仲になるなど今は考えられない。

「駄目だ。『でもでもだって』だと呆れられる。子供じゃないんだから」

 濡れた手でペチッと自分の頬を叩き、気合いを入れる。

(佑さんに『信じます』って言ってここまで来たんだから、もっと私自身、乗り気でいかないと)

 そのあとはなるべく何も考えないようにし、温まった体をベッドに横たえると、すやっと眠ってしまった。



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 翌日、朝食をとったあと、百貨店の開店に合わせて外出するらしく、香澄はクローゼットの前でうんうん唸っていた。

「どうした? 決まらない?」

 ヒョッと顔を覗かせた佑に、香澄は助けを求める。

「お出かけなのでお洒落な服を着たいと思ったのですが、組み合わせとか分からなくて……」

 例のクローゼットにある服は、一点のみで見るとどれも素敵だ。
 だがトップスとボトムスを自分のセンスで組み合わせ、髪型やメイクを……となると、荷が重い。

 札幌で仕事をする時はパンツスーツ一択で、私生活では適当な服装で過ごしていたツケがきた。

「じゃあ、俺が選んでも大丈夫?」
「はい、ぜひお願いします!」

 そのあと佑はハンガーの間に手を入れてアイテムを確認し、香澄の前に服を当ててあれこれ確認していた。

「今日は試着とかもしてもらうし、脱ぎ着しやすいという理由でワンピースにしよう」

 言われて差し出されたのは、くすみピンクのワンピースだ。
 首元はVネックで、ウエストは共布のベルトで留めるようになっている。
 スカート部分は細かなプリーツになっていて、大人っぽさもありながら甘さもあるアイテムだ。

「その上に、これ」

 フワッと渡されたのは、ボアが温かそうベージュのジャンパーだ。
 そして赤身のある茶色い革製のクロスボディバッグも出され、完璧にコーディネートされる。

「このドレッサーの引き出しにも、使い回しできそうなアクセサリーを数点入れておいたんだけど……。何がいいかな」

 そう言って佑は「開けるよ」と断り、引き出しを開ける。
 香澄の私物も数点あるのだが、他に並んでいるセンスのいい物はすべて事前に入っていた物だ。

「そうだ」

 彼は突然呟き、香澄に近付くとサラッと耳元の髪を掻き上げた。

「ひゃ……っ」

 驚きとくすぐったさで肩をすくめると、佑が顔を近付けてくる。

(近……っ)

「……うん。穴、開いてないな」

 最後にフニッと香澄の耳たぶを摘まんでから、佑はまたドレッサーの方に戻る。

(びっくりしたああああ!!)

 さりげない接近術なのかと思っていたが、彼は真剣な顔でイヤーカフやイヤリングを手に取っては、香澄に向けている。

(……無意識か)

 どうやらファッション関係になると、意識が集中してしまうようだ。

「これにしよう」

 佑が差し出してきたので、香澄は掌を出す。
 チャラッとのせられたのは、留め具の部分には大きなパールがあり、そこから幾つものクリアストーンがハート型になり、さらに大きなパールが下がっている物だ。

「わあ、可愛い」

 無邪気に喜んだ香澄は、それがワンセット十万円近くするのを知らない。
 もし知っていれば、生まれたての子鹿のように震えて佑に突き返していただろう。

 さらにこの部屋のリネン類など、すでに揃えられている物もかなりの値段がする物なのだが、何も気付いていない。
 無知の勝利である。


 その後、佑が決めてくれたコーディネートに身を包み、出掛ける準備をした。


**


「改めまして、初めまして。運転手をしております、小金井勝也(こがねいかつや)と申します」

 今までチラッと顔を合わせていた運転手は、五十代前半の男性だ。
 温厚そうな人で、にこやかに挨拶をされて香澄も会釈を返す。

「私も同じく運転手の、瀬尾和成(せおかずなり)と申します」

 もう一人頭を下げたのは、佑と同い年ぐらいの男性だ。
 口角がキュッと上がっていて、楽しげな表情を窺わせる。

 二人に共通しているのは、既婚者。
 そしていざという時にボディガードの役割も果たせるよう、一通りの体術は心得ている事だ。

 他にも香澄の前には四人の男性が立っていた。

「私は小山内明(おさないあきら)と申します。ここにいる四人がメインとなる護衛ですが、チーフという事になっています」

 小山内は四十代半ばの男性で、意志の強そうな顔立ちをしている。
 身長は一七〇センチメートル少しだが、柔道などが強そうながっちりした体型だ。

「私は久住信司(くずみしんじ)と申します」

 端正な顔立ちをした久住は、三十歳そこそこぐらいで、香澄と歳が近そうだ。
 少し神経質そうな印象を受けるが、その分仕事に隙がなさそうな感じがする。

(何となく、A型っぽいな)

 香澄は印象だけで勝手な想像をした。

「私は呉代大輔(ごだいだいすけ)と申します」

 そう名乗った彼はベリーショートで、どことなく体育大学出身……という印象がある。
 香澄の知る限り、偏見だが「だいすけ」という名前の男友達は、皆どこか豪快な性格をしていた。
 だからかもしれないが、彼も明るくて社交的なのでは、と思った。
 ちなみに彼も、年齢は香澄と近いのでは、という感じだ。

「私は佐野壱也(さのいちや)と申します。最年少です」

 佐野はまだ若さの残る感じで、二十代半ばほどだ。
 まじめで、ひたむきな印象があり、きっと勤勉な人なのだろうな、という印象を抱く。

「今まで、四人でローテーションを組んでコンビを作ってもらっていたけど、これからは香澄にも二人体制でついてもらう。休みも確保しなければいけないから、人員を増す必要があるな。それは手を回しておこう」

 車に乗り込む前に玄関で紹介を受け、香澄は頭の中で必死に顔と名前を結びつける。
 今までの仕事の甲斐もあり、人の顔と名前を覚えるのは得意だ。

「どうぞ宜しくお願い致します」

 ペコリと頭を下げると、彼らも微笑して会釈をしてくれた。

「普段、彼らは仕事柄サングラスをする事が多いけど、ビビらなくていいからな。『そういうもの』だと思っていて」

「分かりました」

 あとから聞けば、表情や目線を読み取らせないためとか、何かを掛けられても目は守れるなど、メリットがあるらしい。
 取りあえず今日は、小金井が運転する車の助手席に呉代が座り、後部座席に佑と香澄が座るらしい。
 残る護衛の三人は、瀬尾が運転する車でついてくるそうだ。

 乗り込んだあと、静かなエンジンの車は白金台の街を走ってゆく。

「ボディガードってやっぱりスーツが制服なんですか?」

「場所により、私服の場合もあるよ。物々しい護衛が必要な時もあれば、街中ではスーツを着ているとサラリーマンに紛れる事もできる。休日は私服とか、臨機応変かな」

「なるほど」

 佑の返事を聞き、香澄は手をポンと打つ。

「……でも、護衛が必要になる場面なんてあるんですか? 日本って治安がいいって言われるので、あまり想像できないんですが」

 香澄はつい、素朴な疑問を口にする。

「日本でも、人が大勢集まる所だと何が起こるか分からないから、用心のためだ。護衛なしに何かがあって大きな損失を出すより、転ばぬ先の杖として身の回りを固めておいた方がいい場合もある。海外出張も月に何回も行くから、結果的には彼らにいてもらって良かったと思っている。危険な目に何度も遭った訳じゃないけど、いるといないじゃ大きな違いだから」

「そうなんですね」

 分からなかったので質問したが、もしかしたら佑クラスの経営者なら、護衛を雇っているのは当たり前の事なのかもしれない。

「慣れないと思うけど、守られる生活に慣れてほしい」

「……分かりました。なるべく、努力してみます」

 この時の香澄は、自分が〝要人〟となった自覚はゼロだった。

 だがそのうち、徐々に〝世界の御劔〟に選ばれた重圧や立場なども思い知っていく事になる。


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