【重愛注意】拾われバニーガールはヤンデレ社長の最愛の秘書になりました 1

すべての初まりはバニーガール

 本音としては自社の社員へのセクハラはやめてほしいと思っているのだろうが、今回は福島と友人関係で札幌まで来ている。
 これからのスケジュールでまだ観光があるかもしれないし、二人の仲をギクシャクさせてはいけないと判断した。

(ここで社長を困らせたら駄目だ。多少恥を掻いてでも、穏便に済ませる必要がある)

 香澄の頭の中で天秤が揺れたかと思うと、〝自分のプライド〟よりも〝社長の面子を守る〟のほうに傾いた。
 一瞬にして割り切ったあと、香澄は福島に笑いかけた。

「かしまりました。すぐに着替えて参ります。ですが私はもともとホールスタッフとして雇われた人員ではございませんので、見苦しくてもご容赦くださいませ」
「いいよいいよ。待ってるからね、香澄ちゃん」
「はい」

 立ち上がって更衣室に向かった香澄を、後ろから八谷やキャストたちが気遣わしげに見る。
 その視線を背中に感じながら、香澄は腕時計で時間を確認した。

(あと少しで二十二時。閉店は一時だし、社長もそこまで長居はしないはず。ほんの少しの我慢だ)

 ホールを出る前に一礼し、香澄は出入り口付近にある目立たない黒いドアを開けた。

 こぢんまりとした更衣室には、クリーニング済みになってビニールの掛かった制服一式がある。
 サイズを確認し、香澄はできるだけ何も考えずにジャケットを脱いだ。
 服をすべて脱いだあと、ハイレグに合わせた真新しい下着を穿き、網タイツに脚を通す。

(……変な感じ)

 普通のストッキングやタイツなら、生地がずっと続いているものだが、文字通り穴ぼこだらけなので穿きづらい。
 その上にビスチェを着け、脇とクロッチにあるホックを留める。
 鏡を見ながら手探りでスナップボタンでつける尻尾を止め、首に付け襟と蝶ネクタイを装着する。
 ジャケットを羽織る前に胸の肉を整えると、Eカップの胸がむちっと集まって深い縦線を描く。

(ジャケットで胸元隠せるかな)

 ボレロと言っていい丈のジャケットを羽織っても、胸元のフロントは隠せない。

「しゃあないか」

 最後にカチューシャを被り、耳の角度を整えた。
 自分のパンツスーツなどはハンガーに掛け、下着やストッキングなどはロッカーにしまい、鍵を小さなポケットに入れる。

「お尻……うわぁ……」

 後ろを向くと、容赦のないTバックからぷりんとした尻たぶが覗いていた。
 香澄はもう一度鏡で全身を確認し、溜め息をつく。

「……馬鹿みたい」

 今日は誕生日なのに、自分は何をやっているのだろう、と情けなくなる。

「……これも仕事なんだから」

 鏡の中の自分に言い聞かせ、香澄は壁に頼りながら十センチメートルのヒールに足を入れた。

「やばっ……。怖い……」

 何せヒールのある靴と言えば、五センチメートル以上は履いた事がない気がする。
 いわゆるピンヒールを履くと、踵がグラグラして母趾丘(ぼしきゅう)が痛い。

「わぁ……転ばないようにしないと」

 ここまで高いヒールを履くと、使う脚の筋肉が違う。

 不安そうな顔をした鏡の中の自分に頷き、香澄は「やるしかない」と呟いて更衣室を出た。




 ホールに出ると、一気に周囲から視線を浴び、嫌でも赤面する。

 他のバニーガールたちと違って、転ばないように慎重にあるいているのがより目立つのかもしれない。

(だって仕方がないでしょお……!)

 泣きそうになりながらも、香澄は目が合った客たちに微笑みかける。

 今にも心は折れてしゃがみ込みたくなるが、ホールスタッフたちが毎日同じ格好で頑張ってくれているのに、マネージャーの自分が泣き言を言う訳にいかない。
 その誇りが、香澄の顔を上げさせていた。

 途中で先ほどの御劔佑のテーブルの前を通ったが、彼はポカンとした顔をして香澄を見ていた。

(うう……。すみません、二十七歳のバニーガールですみません……)

 先ほど福島に言われた年齢についても卑屈になり、香澄はぎこちない笑みを浮かべながら高いヒールでホールを通っていった。
 やがて八谷と福島がいるテーブルまで行くと、「お待たせ致しました」と貼り付いたような笑みを浮かべてお辞儀をした。

「いやぁ、香澄ちゃん見違えたね!? というか、他のバニーさんより、色々たわわだね?」

 福島が胸の前で肉を寄せるジェスチャーをし、香澄は赤面したまま「はぁ、どうも」と笑う。

「いいから、好きな物を注文しなさい。ウィスキー?」
「いいえ、勤務中ですので」

 会釈をした香澄を、福島はまじまじと見てくる。

「それにしても、その網タイツは本当に穴が空いてるんだねぇ。というか、食い込みが激しいね! 股が苦しいだろう。お尻なんてはみ出しちゃって」

 尻がはみ出ているというのは、恐らくTバックの事を言っているのだろうが、香澄は何か大切なものがはみ出ていると言われた気がして、バッと両手で臀部を隠した。

「無駄毛処理はしているのかい? ヘアが見えないけど、普段から整えてる派?」
「へ?」

 いきなりアンダーヘアの事を尋ねられ、本日何回目かで思考が止まる。

「え……いえ……、その……」

 していると言えばしているし、していないと言えばしていない。

 セルフ処理で済ませ、脱毛サロンには行っていないと頭でグルグル考えていた時、「すみません」と香澄の後ろから男性の声がした。


**


 時は戻り、香澄が佑のテーブルを離れたあと。

「御劔さん、どうしました? 赤松さんをそんなに気に入りましたか?」
「ええ、ちょっと……」

 佑は今回、札幌ファッションコレクションの関係でこちらに来ていて、一緒に仕事をするイベント会社の社長に誘われ、『Bow tie club』に来ていた。
 今時バニーガールも珍しいな、と思いながら、彼が考えていたのは自社製品でコスプレラインの商品を出せないかというアイデアだった。

 こういう接待の席での女性は、銀座などで経験済みだ。
 今さら接待の女性がバニーガールのコスチュームになったからと言って、佑の気持ちが変わる訳でもない。
 彼の女性への興味は、ここ数年ですっかり冷え切っていて、別段新しい出会いも求めていなかった。

 が、そこに先ほどの女性マネージャーが現れ、自分でも「ちょっとおかしいぞ」と思うほど気にしていた。

 パッと見の印象は、「感じのいい人だな」だった。
 クリンとした目をしていて、髪にも艶があり、肌は白くて透明感がある。
「雪国の美人ってこういう事を言うのかな」と一瞬いつもの自分らしくない事を考えたほどだ。

 化粧は控えめで、派手な顔立ちでもない。
 それなのに、いつまでも見つめていたくなる魅力と引力を感じた。

(いや、一目惚れをしただなんて、安直な……)

 普段から佑は「人は内面だ」と言っている派で、そんな自分が女性に一目惚れをしただなんて言ったら、友人たちに笑い死にされそうだ。
 それでもパンツスーツ姿の香澄が床に膝をついたまま、ニコニコと丁寧に挨拶をしているのを見て、どうしても胸が高鳴るのを禁じ得なかった。

 その後、彼女がテーブルから立ち去ったあとも、ついついずっと視線で追ってしまっていた。
 それを、同席しているイベント会社の社長に揶揄されたのだ。

「あのマネージャー、赤松さんって言うんですか?」
「ええ。僕は札幌に来た時はこの店に来ていますが、気が利きますしいいマネージャーですよ」

 何かを誤魔化すように、佑は放置していたハイボールを口にする。

「今日、八谷さんも来ていますね」
「さっきいましたねぇ。というか、ご一緒していたのは福島重工さんですね。騒ぎにならなければいいですが」
「……と言いますと?」

 嫌な予感を覚え、佑は隣を見る。

「福島さん、普段は割といい評判の経営者なんですが、どうしてもお酒が入ると、昭和気質の駄目な所が出ちゃうんですよ。昨今のセクハラやパワハラとかに、鈍感になっちゃう系の」

 言われて、大体察する事ができた。
 そして自分の事を鑑みて、彼女を一目見て気に入った自分も同類なのかと悩む。

「おや、話をすれば赤松さんじゃないですか」
「え?」

 顔を上げると、ホールの向こうからなぜかバニーガールの衣装を纏った香澄が、ぎこちなく歩いてくるところだ。

(何やってるんだ! あの子は!)

 その姿を見た瞬間、佑は血が逆流するような怒りを覚え、今すぐに彼女をどこかに隠してしまいたい衝動に駆られた。
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