※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
3.恋の始まりはいつも突然に


「三船さん、この案件の過去の資料はどこにあります?」
 
 静流に話しかけられた紗良は渡されたリストを覗き込んだ。静流が探している案件はどれもこれも共有サーバーの中にデータが残っていない五年以上昔のものだった。

「ああ、これは倉庫ですね」
「倉庫?」
「はい。古いデータは共有サーバーからは退避されて倉庫にある記憶媒体の中に置いてあるんです」
「倉庫はどこですか?」
「ご案内します」

 紗良は仕事の手を止め、静流を伴い廊下を歩いた。倉庫は一つ下のフロアにある。エレベーターでは待ち時間が掛かるので、隣にある階段を使う。
 なんだって昔の資料を引っ張り出そうとしているのか。静流の頭の中は紗良にはさっぱり理解できなかった。
 静流が課長になってからというもの、営業二課にはいくつもの新しい風が吹いた。安孫子課長の元ではなあなあになっていた顧客管理方法が刷新され、真新しいナレッジベースが構築された。どちらも静流が発起人だ。

「すみません。忙しいのに付き合わせて」
「いえいえ、これくらい平気です」

 紗良は倉庫の扉の鍵を開け、照明のスイッチをつけた。倉庫の中に窓はなく、十畳ほどの狭い空間の中に棚がいくつも並べられていた。棚の中にはラベリングされた記憶媒体が所狭しと収納されている。

「一番奥の棚が二課の過去案件のデータです。どの媒体に何のデータが入っているかは、入口横のパソコンで検索できます。持ち出すときは必ず申請するようにお願いします」
「ありがとうございます。あとは自分で探します」

 紗良は鍵を預けると、静流を倉庫にひとり残し二課のフロアに戻った。

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