※エリート上司が溺愛する〈架空の〉妻は私です。
木藤が静流に恋に落ちるところを目撃してしまった紗良は、同居生活三か月目にしてもの凄く当たり前のことに気がついてしまった。
「静流さん、お話があります」
「……なんでしょうか」
夕食後の団欒を見計らい紗良は話を切り出し始めた。食後の紅茶を飲み干すとカップを静かにダイニングテーブルに置いていく。
「もしですよ?もし、静流さんの前にすごーく魅力的な人が現れて、その人とどうしても恋人になりたいって思ったらどうします?」
もし、静流か紗良のどちらか一方に恋人もしくは想い人ができたらこの生活はまず破綻する。やましいことが一切なくとも異性と共同生活を送っていることは、これから恋愛を始めようとする場合マイナスにしかならない。
「……ありえないですね」
「いや、もしもの話ですってば!!」
「もしも……ですか……」
しつこく食い下がると静流は顎に手をやりしばらく何かを考え込んだ。
「やはりあり得ませんね。そもそも紗良さんに架空の妻を演じて頂いているのは、私にそういった類の欲求があまりないからです。恥ずかしい話、恋愛に関して自分から積極的に動いた経験が少ないもので」
静流は恥ずかしそうに曖昧に笑った。