大江戸ガーディアンズ

〜其の伍〜


望月が夜空に映えるはずの今宵、吉原の大籬(おおまがき)・久喜萬字屋が燃えている。

折からの風に吹かれて、火の手が勢いよく上がり始めた。

近隣の見世から飛び出てきたのであろう。野次馬の男たちの人(だか)りができていた。


この見世で用心棒の男衆(おとこし)として入り込んでいた与太は、おすてのことを考えつつ(うまや)で馬に飼葉を与えていたのだが、なんだか外が騒がしくなって、ふと外に出た。

すると、見世の中から赤い火が立ち上っていたため、あわてて前までやってきた。

そして今、目の前の燃え上がる火を忸怩たる思いで見ている。


江戸に名を(とどろ)かせる町火消し「いろは四十八組」であるが、吉原だけは手出しできなかった。

ほかの町であらば、直ちにけたたましく半鐘の音が辺り一帯に鳴り響き、町火消したちが駆けつけ、一番先にたどり着いた組が火元の屋根に上がって纏を振って皆んなに「火元は此処だ」と知らせる。

此れが「纏持ち」である。

あとの者は、周囲(ぐるり)の建物を壊しにかかる。火の手が移っていくのを防ぐためにあらかじめ壊してできるだけなにもない更地にするのだ。


されど、吉原ではそれをしない。

火消したちは大門の中へは入らず、吉原を見下ろせる土堤で炎の勢いに任せて、建物が燃え尽きていくのを眺めるだけだ。各組の纏はおろか(のぼり)ですら下げたままだ。

その代わり、御公儀(幕府)は火事のあと再建するまで、見世に吉原の外で「仮宅」して「営む」ことを(ゆる)す。

市井の町に「吉原」がやってくるのだ。

しかも、見世は着物も夜具も焼けてしまって、仮宅では客には平生のようなもてなしができぬと云って揚代の値を下げるのだ。

再建する金など、瞬く間に客が運んできてくれた。

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