大江戸ガーディアンズ

実は、いくら与太が奉行所(おかみ)の「手先」であるとは云え「下っ引き」ごときが「筆頭与力の御曹司」である兵馬と、かような話をするのはあり得ないことであった。

なぜなら、岡っ引きにせよ下っ引きにせよ、金子(きんす)を与える「雇い主」は与力ではなく、与力に仕える「同心」だからだ。

実際、岡っ引きの伊作も下っ引きの与太も、平生は南町奉行所同心・杉山(すぎやま) 新九郎(しんくろう) から手間賃程度の禄をもらって動いていた。

ところが、どないな経緯(いきさつ)によってさようなことになったかは与太には明かされておらぬが、吉原の行方知れずになった振袖新造(ふりしん)を探すことを頼まれて以来、たびたび兵馬から「御用向き」が来るようになった。

初めは「親分」の伊作を通じてであったが、いつの間にか与太に(じか)に来るようになり、今では与太だけが兵馬の御用に携わっている。


「……そいじゃあ、与太。ご苦労だったな。
(けぇ)るときゃあ、おせい(・・・)に声掛けるのを忘れんなよ」

兵馬の「御用向き」では、いつも破格の禄が女中頭のおせいによって支度されていた。

「松波様、いつもありがとさんでござんす」

与太は板間に手を付いて、深々と頭を下げた。


されども……今宵もまた、兵馬に尋ねることができなかった。


——松波様……

吉原の舞ひつる(ふりしん)は、もう探さなくていいんでやすかい。

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