大江戸ガーディアンズ
主税は直ちに面を上げて身を引き締めた。
母に腑抜けた姿を見られようものならば、
「嘆かわしや。武士の沽券に関わろうものぞ」
と、如何なる苦言を聞かされるか知れやしない。
幸い、妻が辞する際に障子をきちっと閉めてくれていたため、情けない姿を曝すことは免れた。
「……母上、かように朝早う何の話でごさるか」
込み上がってくる眠気をおくびとも出さず、主税は障子の向こうの母に尋ねた。
障子がすーっと開いて縁側が見えた。
其処には不機嫌さをいっさい隠そうともせぬ、般若かはたまた夜叉かと云うべき面持ちをした母がいた。
「いずれ、我が本田の御家の大事な嫡男となろう太郎丸の行く末の話じゃ。
朝早うとも夜晩うとも何とやせん」
きっぱりと云いきるやいなや、床の間を背に座す息子の対面までやってきた千賀は、打掛の裾をひらりと翻してすっと畳の上に腰を下ろした。
若かりし頃は、その麗しき瓜実顔により「まるで鳥居清長が描いた美人図から抜け出てきたかのようだ」と云われていた。
妻・和佐の「まるで鈴木春信の浮世絵から飛び出てきたかのごとき愛らしさ」とはまったく趣を異にする顔である。
「主税、そなたは己の妻女の手綱もろくに取れぬのか。それでもそなたの父上の跡を継ぐ、此の本田家の嫡男か。
さような者に、だれが御家の行く末を託されようぞ。
かように情けなき息子を育てた覚えなぞ、そなたの母には露ほどもないぞよ」