大江戸ガーディアンズ

主税は直ちに(おもて)を上げて身を引き締めた。

母に腑抜けた姿を見られようものならば、
「嘆かわしや。武士(もののふ)の沽券に関わろうものぞ」
と、如何(いか)なる苦言を聞かされるか知れやしない。

幸い、妻が辞する際に障子をきちっと閉めてくれていたため、情けない姿を(さら)すことは免れた。


「……母上、かように朝早う何の話でごさるか」

込み上がってくる眠気をおくびとも出さず、主税は障子の向こうの母に尋ねた。


障子がすーっと開いて縁側が見えた。

其処(そこ)には不機嫌さをいっさい隠そうともせぬ、般若かはたまた夜叉かと云うべき面持(おもも)ちをした母がいた。

「いずれ、我が本田の御家(おいえ)の大事な嫡男(あととり)となろう太郎丸の行く末の話じゃ。
朝早うとも夜(おそ)うとも何とやせん」

きっぱりと云いきるやいなや、床の間を背に座す息子の対面までやってきた千賀は、打掛の裾をひらりと翻してすっと畳の上に腰を下ろした。

若かりし頃は、その麗しき瓜実顔により「まるで鳥居清長が描いた美人図から抜け出てきたかのようだ」と云われていた。

妻・和佐の「まるで鈴木春信の浮世絵から飛び出てきたかのごとき愛らしさ」とはまったく(おもむき)(こと)にする(かんばせ)である。


「主税、そなたは己の妻女の手綱もろくに取れぬのか。それでもそなたの父上の跡を継ぐ、()の本田家の嫡男か。
さような者に、だれが御家の行く末を託されようぞ。
かように情けなき息子を育てた覚えなぞ、そなたの母には露ほどもないぞよ」

< 77 / 316 >

この作品をシェア

pagetop