隣の家の渡邊君はイケメン俳優やってます。

一月四日(ⅲ)

「あーあ」

 つい、口にだしながらリビングのソファに座り缶チューハイを口にする。外は陽が落ち始める時間だが、午後から雲が出ていたので時間的な変化がはっきりしない。

 つまり、まだ夕方で、夕方から一人チューハイ空けてる女子なわけよ。
 つまみはビーフジャーキー。もう今晩のご飯はこれでいいわ。お腹空いたら冷凍ご飯でも温めてお茶漬けにでもしよう。

 うっすらとやさぐれてるのは明日から仕事だからだ。正月明けの仕事ってやっぱり清々しさをいつもより感じたりして、そこまで嫌でもないってわかっているんだけど、今年は別。だってあの人と顔を合わせることになるわけで……。

「あーあ」

 飲んだところで気分は晴れない。あーあ。

 今日は一歩も家から外に出ていない。董也は結局昼近くまで私の家でダラダラしていたが、今はもう自分のマンションに帰ったようだ。あいつのおかげで落ち着かない正月休みだったな。……もう一日くらい休み増えないかな……。

 そんな行き場のない思考に陥っていると、いきなりコール音がした。画面を見ると董也からだ。今度は何よ、ていうか、何処からかけてんの?

「もしもし?」

 私は思いっきり不機嫌に出てやった。けれど彼は全く気に留めず明るい声を返して来た。

「ねえ、ねえ、咲歩ちゃん、今、外見れる?」
「は? 何? ていうか、あんた何処」
「帰ってる途中」
「車? だめだよ、ながら運転は」
「停めてるよ。コンビニ。それより外見てよ」

 訳がわからないままカーテンを開けて外を見る。変わったところはない。ただの曇った夕方だ。

「何もないよ」

 念のため、掃き出し窓の鍵を開けて外に顔を出してみたが、寒いだけだったのですぐに閉めた。

「あーそうかあ」
「なんなの?」
「ここからね、綺麗に虹が見えるの。虹ってこんなに大きいものだっけ?」
「虹?」
「うん、一緒に見たかったんだけどなあ」

 ……これは、アーティストらしいステキな感性と思うべきか、ただのガキか、どっち。

「とにかく見えない」
「残念」
「何でもいいけど#見惚__みと__#れて事故らないように気をつけて」

 わかってるーという呑気な返事を残して通話は切れた。
 なんなんだろう。何処からかけてきたのか知らないけれど、見れる訳がない。……多分、言いたかっただけだな。コドモか。

 そう思いながら、自分の口元が緩んでいるのを自覚する。窓に目を向けるが、庭の木々や家の壁と一緒に見える空は愛想がないままで、ああ、見たかったな、と心は思っている。

 外を見たまま、缶を口にすると同時にまた小さな電子音がなる。また董也からで、アプリを開けると、そこに虹の写真があった。コメントはなく、ニコニコしたスタンプが一緒に送られてきていた。
 その虹は雲の多い空にうっすらと、しかし大きな弧を描いていた。綺麗に空を切りとった写真。たぶん、何回か撮り直したに違いない。

「……ありがとね」 

 小さく声にだしてみる。本当はね、君がいたから気が紛れていたのはわかっているよ。

 あの人に嫌いだから会いたくないわけではないし、彼に煩わしくて会いたくないわけではもちろんないし、だからつまり、いつか虹を一緒に見たいな、と思う。そういう夢みたいな事を想ったりする。

 ふっと部屋が明るくなった。雲が切れて、まだ青さの残る空からキラキラした夕方の陽が落ちてきていた。暗闇に覆われる前の一時の明るい光。
 しばらく窓の外をぼんやり眺めていた。それから急に思いたって立ち上がった。

「よし、つまみ作ろう!」

 一人で言って台所に向かう。冷蔵庫を覗きながら何にしようかな、と真剣に考える。
 まだ暫くの間、気持ちは曇ったままだろう。その間、自分の機嫌を取るために少々のお酒と美味しいつまみぐらいは許して欲しい。

 雲が晴れたら、きっと光が落ちるだろう。子どもの頃のようにそれを無邪気にはしゃぐには、その#後__あと__#また天気が崩れる事を知ってしまっているけれど。
 でもいつか虹が出て、そしてそれは美しいに違いない。そこに私が一人でも。

 その時には私が写真を送るね。君はまだ受け取ってくれるだろうか。

 とりあえず元気で頑張って。私は元気でいるからさ。お守りも貰ったし。ああ、そうね、今年もよろしく。……またね。

 そう心の中で隣の家の幼馴染に声をかける。

 空から降り注ぐ光はますます増えて、夕方の色が世界に満ちてきている。





              ー了ー
 

 
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