隣の家の渡邊君はイケメン俳優やってます。

一月四日(ⅱ)董也

 董也は部屋のドアが閉まる音を聞いてやっと体を起こすと、壁にもたれかかって座った。腰から下にはまだ毛布がまとわりついている。

「この状態で出て歩けないでしょう……」

 ボソッと言うと、そのまま暫くもたれたまま呼吸する。そして大きく一息すると、立てた膝に腕を置いて前髪をかき揚げながら頭を抱えた。

「ってさ、僕の自制心褒めてよね。そこだよ?! だいたい何にも考えてなさ過ぎなんだよ!」

 それから深くため息をついた。

「……自業自得なんだけどさあ……」

 咲歩がパタパタと動く音が聞こえてくる。足音さえ可愛らしく思える。

 しばらくは戻れないけど、なんとか頻繁にコンタクトを取ろう。そうじゃないと忘れられかねない。あんまりやりすぎると逆に相手にされなくなるとか弟化する危険もあるけど、言ってられない。
 咲歩ちゃんは全く結婚願望ないと思って油断してたら今回の件だもんなあ。まあ、出会いなんて動き出すとすぐだから。
 ……そういえば、今回の脚本に似たようなシーンがあったっけ。僕の役じゃないけど……。

 そのまま董也は思考が脚本の中に入っていく。セリフとシーンが立ち上がって他のことが遮断された。と、階下からの扉が閉まるバタンという音で、ふっと我に返った。そしてまた軽いため息をついた。

 わかりはするんだよ、何となく。僕じゃ嫌だと、特に今の僕じゃ嫌だと思うのはね。昔からこんなだけど、今はもっとこんなだし。こんな仕事でいつまで食えるのかもわからないし。わからなくもないんだけどさ。

 ……でも、僕には咲歩ちゃんが必要だ。咲歩ちゃんが僕を必要でなくても。彼女のあの、僕を見る視線が欲しい。僕が#演__や__#り続けるためにも、いるんだ。

 あーあ、そばにいてくれたら、めちゃくちゃ大事にするんだけどなあ。僕は咲歩ちゃんを幸せにしてあげられないのかもしれないけれど、でも、咲歩ちゃんは僕を幸せにするよ。だから、そばにいてよ。

「ねえ、咲歩ちゃん」

 董也はベットに座ったまま上をむいて声を張り上げた。木造の静かな家は声をよく通す。

「なにー?」

 下から小さいながらも咲歩の声が戻ってきた。

「結婚しよー?」
「寝ぼけてるの?」

 躊躇なく戻ってきた答えに董也は一人笑った。

 まあいいや、今はそれで。正直言って今はあまり時間もない。今年はしっかりした足跡を残したいし、仕事がしたいし、それ以外したくない。それで上手くいく保証はもちろんないんだけど、でもまだ、数年は集中したい。その間なんとか一人でフラフラしててくれないかな、咲歩ちゃん。まあ、いざとなれば相手が誰であろうと奪い返すつもりだけど、傷つけちゃうし手間だし嫌なんだよね。

 そういう意味では、咲歩ちゃんにとって今回は普通に破局するより辛かっただろうけど、僕にとってはむしろ良かったのか?
 失恋してメンタル弱って慰めてくれた人にすぐ行っちゃう女の子もいるけど、どっちかというと彼女はガチガチに鎧作って寄せ付けなくなるタイプだし、それに実は引きずる人だって知ってる。何? 相手に感謝?……いや、流石にない。どんなヤツか知らないけど、僕の中で殴られまくってるから、そいつ。

 遠くで寺の鐘がなった。誰かが詣でて鳴らしたのだろう。年末年始は世の中が願い事で一杯だ。僕も例に漏れずだ。毎年、初詣に行っては咲歩ちゃんと結ばれるように祈ってる。だから、きっと、そう、いつか叶うだろう。うん、きっと、絶対。彼女は僕の最後の願いだから。

 でもとりあえずは咲歩ちゃんが毎日、できるだけ笑っていられますように。

 あ、そういえば昨日、神社にお参りに行って咲歩ちゃんにもお守り買ってきたんだった。忘れるところだった。

「咲歩ちゃん、あのさ、昨日……」

 言いながら董也は立ち上がるとコーヒーと咲歩を求めて部屋を出た。

 
 
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