サイコな本部長の偏愛事情

この独裁的な社風と言っても間違いではないような環境も、コンプライアンスに引っかかりそうなものだが、決して強要しているわけではない。
職責をしっかりと遵守していれば、怒鳴られることもない。
ただ、財前の機嫌がすこぶる不機嫌になるのは言うまでもないが。

***

決裁書類や業務報告書に目を通し終わった頃、再び秘書の酒井が姿を現した。

「本部長、そろそろお時間です」
「ん」

椅子から腰を上げた財前はジャケットを羽織り、部屋を後にする。
リズムよく小気味いい靴音を立てながら、会議室へと向かっている途中、財前は片手を上げ、足がぴたりと止まった。

二時間ほど前の出来事が蘇る。
通路にいる職員の表情が一瞬で強張った。

秘書の酒井を制止させたその手はゆっくりと降下し、人差し指がとある場所で止まる。
すると、酒井は真横にいる整備士に目で指示を出し、整備士は慌てて靴紐を結い直した。

ーーそう。
財前ルールの追加項目として、靴紐は常にきちんと結び、左右の長さを一定に保つというもの。
見た目は勿論のこと転倒リスクがある上、万が一、お客様に怪我を負わせては社訓と相反する。
社訓《常にお客様の安全第一、心に残る思い出の時間を全力でサポート》

業務報告で管理部に来ていた整備士の松永は、秘書の酒井を拝み倒す勢いで手を合わせている。
まるで『助けて下さい』と言わんばかりに。

「本部長、三分前です」

時間にも厳しい財前は小さく頷き、再び歩き出した。

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