俺様男子はお気に入りを離さない
階段を上りきると小さな本殿があり、その横は広場になっている。古びたブランコと滑り台がひっそりと佇んでいて、ここで遊ぶ子なんているのかなってくらい寂れているけど、実はここから花火がよく見える穴場スポットだ。

人はまばらにいるけれど、私たちも空いているところを陣取る。

ドーン、ドーンと胸に響く打ち上げの音と夜空にきらめく大きな花火。

「綺麗……」

「そうだな。今まで花火なんて興味ないって思ってたけど、千花子と見る花火はいいな」

「うん……えっ?!」

頷きつつ感じた違和感に私ははっと気づいて声を上げた。

「なんだ? どうかしたか?」

「い、今、私のこと、な、名前で呼んだ……?」

聞き間違いじゃなければ、芋子じゃなくて千花子って呼んでくれた気がするんだけど。

「芋子の方がよかったか?」

「ううん、名前で……名前で呼んで欲しい……」

御堂くんは一瞬キョトンとした後、「千花子」と小さく口にした。

とたんにわき上がる羞恥心に私は思わず両手で顔を覆う。

「わああ」

「なんだよ、いきなりどうした」

「恥ずかしい」

「はあ? お前、自分の名前だろうが」

「そうだけど。だって御堂くん、ずっと私のこと芋子って呼んでたから、まさか名前で呼んでくれるなんて思わなくて」

自分の名前、嫌いじゃないけどちょっと古くさいなって思ってた。だけど御堂くんが名前を呼んでくれるだけで、何倍も何百倍も良い名前に思える。

自分が単純なのはわかってる。
でも、嬉しい。
すごく嬉しい。
名前を呼ばれることってこんなにも嬉しいことなんだ。
< 41 / 75 >

この作品をシェア

pagetop