君の一番は僕がいい
 溝内と探し始めてニ、三週間は経った頃。
「ねえ、クマが出るって噂、ホントかな?」
 廊下で、楓に話しかけられた。
「さあ……。みんな言うようになったけど、俺、見たことないしな」
「私も。なんで、みんな見たって言うのかな」
 そうなのだ。
 みんなして、こうやってクマを目撃したと言い出したのだ。
 しかも、人によっては追いかけられている姿を見たという人も。
 ただ、その人たちは皆総じて人だという。
 誰かに追いかけられているのは見たけど、クマではない。
 これが、目撃者の話。
 追いかけられた側は、クマだという。
 この対立は、本当にめんどくさい。
 そもそも、溝内も二日くらい前にクマに追われたと言っていた。
 嘘臭いと一蹴したいが皆、言っているし、ほかの死んだ生徒である美馬も佐久間も言っていた。
 あいつらが言っていたことは正しいと思った方が良いのだ。
「よくわかんないけど、まだ親は車出せないときは俺と帰れって言ってんだって?」
「そうだけど……何その言い方」
「え?」
「嫌そう……」
 頬を膨らませて拗ねる彼女。
「別に嫌じゃないさ。日野が俺と帰るの嫌だったらどうしようかと思っただけ」
「最近、ずっと苗字呼びなのは嫌いだからなんでしょ。いいよ、別に」
 話を聞きたまえ、日野楓。
「そうじゃないって」
「幼馴染なのに……。気を使って私まで名字で呼んでる」
「いや、それは……」
「嫌なら嫌って言ってくれないとわからない」
「嫌じゃないから嫌だと言っていないという解釈はしてくれない?」
「もういいよ。私、今日一人で帰るから」
 スタスタと歩く彼女。
「クマに襲われても知らんぞ?」
 ピタと止まる彼女。
「べ、別に大丈夫だから!こんな嫌な女、襲うバカいないから!」
 溝内とかいう教師がいるんだがな。
 ドスドスと音が立ちそうな勢いで教室へと入って行ってしまった。
 にしても、やってしまった。
 もうちょっと言い方があったはずなのに、どう返すのがいいのか。
 そもそも女子はなぜこうもめんどくさいのか。
 大抵の女子はこうやって最後まで人の話を聞かずに自己完結してしまう。
 そのあとで、怒ってくるのは女子側だというのに。
 まるで、怒って出て行った教室の先生がなぜ謝りに来なかったのかと戻ってくる現象に似ている。
 いや、酷似している。
 対処の仕様のなさに誰か共感してほしいくらい。
 謝りに行っても謝らなくても怒られるルートをたどる。
 だから、謝りに行かないという選択を子供のうちにすると大人になって社会に出たときに間違った選択をするんだ。
 いい加減、わかれよバカ教師ども!
 違う違う。
 俺に社会のあれこれなんぞ知らん。
 女子だよ、女子。めんどくさいことをいちいち男子にわかれって言ってくるのやめろ!
 これも、違う。
 そうだよ、クマだよ。
 今日、部活だし、そのあとで花沢を探すが、もし万が一、溝内といてクマに出会ったら大変だ。
 何か護身用の武器でもポケットに入れておこう。

 神田部長の指揮のもと練習が終わった俺たちは帰りの準備をしていた。
 神田は制服に着替えた姿で俺のもとに来た。
「美馬、あいつなんで階段でこけて首折るんだろうな」
「……」
 まあ、俺が殺したからじゃないですかね……。
「あいつが、死んだって話聞いたときから部員は明らかに減ったよ。練習に参加しない部員が増えたのとサボりが人の死を理由にして休んだり……」
 そんな話をなんで俺に。
「僕は、部長だから頑張って来てるけど、部員に言われるんだ。部員が死んだのによく部活ができるなって」
「……」
「吉沢は、なんで部活に来れる?」
「……え?」
 考えてもいなかった。
 休めば苦しかったの一言で済むし、いちいち美馬の死について聞いてくる生徒はいないだろうと思っていたのに。
「俺も今日来た二年も一年もなんで部活に来れる?美馬が死んだ。僕は、部活にだって行きたくない。本当ならやめてやりたい。もう、わからない。僕たちは、なぜ今を生きてる?」
 今を生きている?その一言は、今まで全く考えてこなかった類だった。
 今を生きるのは当たり前で、生きるためには邪魔な奴がいる。その邪魔がなくなれば快適に暮らせる。
 それだけ。
 たったそれだけ。
 なにか、変なことを言っているだろうか。
 いいや、言っていない。
 邪魔がいなくなれば、自分が叶えたいことは叶えられる。
 例えば、自分の根も葉もないうわさを言いふらす害虫がいたとして、早急に駆除できれば害は少なくて済む。
 庭の花を枯らす輩がいるのなら、その輩に毒をまけばいい。
 人は、邪魔なものさえ共存しようとする。
 それができない人はできる人たちの足かせになる。
 要は邪魔だから。
 邪魔がなければ、スムーズに事が進む。
 邪魔があるから改善しない。改悪ばかり続く。
 しかし、神田が言いたいのはそうじゃない。
 俺はその答えを持ち合わせていない。
「神田……。考えすぎじゃないか?少し俺とテニスするか?」
「吉沢は!!お前は、どう思ってんだよ……っ!悲しくないのか?苦しくないのか?なんで、部活中にそんな笑える?楽しめる?……なんで普通に練習に参加できる?」
「……俺は……。……俺は、ただ、あいつを忘れたくないからだと思う」
「……は?」
「あいつとの思い出は学校にしかないから。教室や部活しかないから。忘れないためにきてる。もしあいつが今ここで練習に参加してたらって考える。そしたら、あいつは言うと思う。『笑えよ』って。俺とあいつはクラスであんなことが起こる前からよく一緒に笑ってたし、ゲームの話で盛り上がった。あいつがいたならきっと笑顔でいる。あいつがいるなら笑顔でいる。あいつは、俺より何倍も笑顔を増やしてくれるから。ゼロ倍にするくらいなら一倍でもいい。……俺は、あいつの存在も笑顔をもゼロにしたくない」
 ただそう思って生きてるんだよ、とやっと答えを出すことができた。
 彼が望んでいる答えを。
「ゼロにしない、か……。考えたこともなかった」
 気が付けば、周りに部員はいない。
「僕は、まだ考えが吉沢ほど上手くないみたいだ。確かに、あいつなら言うのかも。『笑えよ』ってふざけたりおどけたり、色々……」
「……」
「吉沢が部活に来れる理由が理解できてよかった。僕も部長として頑張るよ」
「……そっか。応援するよ、部長さん」
「任せろ」
「今度、美馬の墓に行こうぜ。俺たちを見とけって」
「良いね。そうしよう……って、あ。やばい。そろそろ帰らねえと。じゃ、吉沢のクラスクマの目撃多いらしいから気をつけろよ!じゃ!」
 話すだけ話して帰って行った彼を後に、俺はコートのカギを返しに行った。
 コートはボールがよくグランドに行くからと柵みたいなものがあって、駐車場もグランドの対面にあるからと四方に柵ができている。
 ただ、グランドからしかコートには入れないから鍵は一つだけなのだが。
 そのために職員室に行くのがめんどくさい。
 今日、鍵当番だったこと、終わるまで知らなかったし。
 言えよ、一年。
「お?」
 鍵を返し、教室のある廊下を通ると28HRにいたのは、楓だった。
「何してんの?」
「……あ」
 俺の声に気づいた彼女は、ビクッと体を震わせ、目が合うと視線をそらしカバンを持って立ち上がり廊下を出た。
 そんな全力で無視することなくね?
「楓」
「……」
 足が止まる。
 やっぱ女子心はめんどくさい。
 腕を掴んで止めるか、名前を言って止めるか。止めないか。これは論外だろうけど。
 ロシアンルーレット並みにデンジャラスでリスキー。
「なんでこんな暗くなるまでここにいた?部活、やってないんだし、早く帰った方が安全だっただろ?」
 家が近いって程近くないが、幼馴染ではあるため、当然のように家は知っているし、遊んだことがある。子供のころね?
 近所は明るいときはいいけど、夜は本当に暗くなるから気をつけろとどこの親も言うはずだ。
 なのに、こんな暗くなるまで教室にいるとは……。
 しかも何もせずボーっとするだけ。
 よかったわ、あの時大声出さなくて。疲れていたのが功を奏した。
「う、うるさい!」
「……」
 ほら見ろ。女子はこれだからめんどくさい。
 が、好きな人だとなぜだか可愛くなる現象。
 ほかのブスがやったら俺はすぐに殴りかかるだろう。
「もしかして、親の仕事が終わるまで学校で待とうとした?」
 本来、この時間は教室は全室閉鎖されている。こっそり開けたにせよ、バレなかったのはよかった。
 電気もつけなかった理由は怒られたくないからだろう。
 溝内に怒られるなんて体をさわるに決まっているのだから。
「……」
 図星……。
「あー……。鍵勝手に借りちゃったー。返さなきゃいけないじゃん……。返した後一人で帰るのだるいなぁ。あ、楓じゃん。よかったら、一緒に帰らないか?どうせ、もう帰らなきゃいけない時間だし」
 と、棒読みで鍵を奪いさっさと職員室に返しに行く。
 溝内の戯言を華麗に交わした俺は、すぐに彼女の手を引っ張り校舎をでた。
「ちょっと……!」
「何も話したくないならそれでいい。俺は、帰る」
「え……」
 自転車のチェーンを外した俺は歩きながら自転車を押す。
 その刹那、俺は楓がカバンのひもをギュッと握っているのが見えた。
「…………ね、ねえ!待って!!」
 我慢の限界だったのか涙声で叫ぶ。
 それでも歩みを止めない。
「お願い!」
「……」
「私が悪かったから!」
 瞬間、彼女は俺の袖をつまんだ。
 ドキッとした俺は、動けなくなった。
「もう、無理……。怖くて、一人じゃ帰れないよ……。クマ、会いたくないし、襲われたくないよ……」
 チラッと彼女をみれば、頬に何度か涙が伝っていた。
 ここ数週間でクラスメイトへの被害が増えた。
 それも全部クマの仕業だという。
 そんなこと言われても、俺も彼女もまだその被害には会っていない。
 クマが追いかけてくるなんて話、全く信じていなかったわけじゃないが、大体目星がついてきたという段階。
 彼女に言うのは気が重いのだが、ここで言うべきだろうか。
 いや、しかし、そんなことして彼女が傷ついたらどうするつもりだ。
「今日は、ごめん……。許して……」
 その前に、確かめることがあるだろう。
「許すよ。ていうか、別に怒ってない」
「ほんと?怒ってないように見えないよ」
 心外だ。
「おい、怒るぞ?」
 横に向かい合う彼女の頬をつまむ。
 久しぶりにこんなことした気がして気分が高揚した。
 なにせ、彼女はかわいいのだから。
 なにしてもかわいさは保たれたままだ。
「ご、ごめん……いっ!いぃぃぃ……」
 少し強めにつまめば、少し睨みを利かせた目で見てくる。
 それすらもかわいい。
 が、忘れる前に聞かねばならない。
「今日、何かあったか?」
「……ふぇ?」
「溝内とか、誰かに嫌なことされたか?」
 顔に色がなくなっていく。
 ビンゴだ。
「……」
「されたんだ」
「溝内、先生に……」
「……何された?言えないことなら言わなくていいけど」
「実は、課題だしてないことバレた」
 俺は、先ほどよりも強く両ほほをつまんだ。
「いだああぁぁぁぁ!」
 滅茶苦茶心配して損したじゃねえか!
「しょ、しょれと!」
 少し力を弱くすると、俺の手をどけようと掴みながら話す。
「花沢さんの居場所を聞かれた」
 刹那、俺は手に力が入っていなかった。
 楓は俺の手を掴んで退けた。
「どういうこと?」
「居場所、知らないかって。警察とも協力してるけど、仲いいから心当たりないかって聞かれた」
「そんな……」
 警察はもう動いていないものかと思っていた。
 これが警察にバレたら間違いなく警察行きだ。そうなれば、楓とは一緒に入れなくなる。
「かくまっているんじゃないかって思われたんだよ。だけど、私も心配だし。ほんとは探したいくらいだから……」
「そっか。じゃあ、俺が全力で探す。楓は果報を寝て待て」
「……うん、わかった」
 良い子だ、と髪の毛をくしゃくしゃにさせると彼女はダメ、と嫌がった。
 ただのじゃれ合いだ。
 だが、これはいい機会になる。
 クマをおびき寄せるための。
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