夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 それを確かめるために、ランスロットの手に、もっと触れたかった。
 彼の太い指を握りしめたときも、嫌な感じはしなかった。どちらかというと、懐かしい気持ちがした。
(やはり。私はあの手を知っている……)
 先ほど、彼の手に包まれた右手をぎゅっと握りしめる。
(ランスロット様……)
 そろそろと足を動かしたシャーリーは、なんとか自席に座り、先ほどの書類を確認し直す。必要な個所の説明は終わった。あとは、ランスロットに修正してもらえばいい。
 修正案を書いておけば、彼は理解してくれるだろう。
 彼女はメモにペンを走らせた。
 その日は結局、ランスロットはシャーリーの帰宅時間までに戻ってこなかった。
 いつも「お疲れさまでした、お先に失礼します」と言って出る執務室を、今日は無言で出る。
 パタリと乾いた扉の音だけが虚しく響く。
 鍵をかけ、エントランスへと向かうと、イルメラの姿が目に入った。
「お迎えにあがりました」
 彼女がここで待っているのは珍しい。いつもは、王城敷地内の入り口にある門の向こう側で待っているはずなのに。
「ありがとう」
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