夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 そんなランスロットが彼女を知ったきっかけは、いつもの予算案が丁寧に修正されていたことだ。
「旦那様、過去に浸るのはまだ早いですよ」
 セバスに声をかけられ、はっと現実に引き戻される。
「今日は、騎士団のお仕事もお休みになったようですから。できればこちらの書類を片付けていただけると、非常に助かります」
 丁寧で遠回しな言い方であるが、ようするに「仕事しろ」とのことである。
 湯気が立ち昇るカップを恨めしそうに見つめてから「わかった」とだけ答える。
「ただ、この書類は……。シャーリーにも手伝ってもらいたいのだが。彼女は、今、こういったことがわかるのだろうか」
 そう言って、セバスの目の前に差し出したのは、やはり金勘定に関わる書類。
「そうですね。これは旦那様が苦手なものですね。イルメラに頼んで、奥様にこちらの書類を確認してもらうことにしましょう。記憶は失っていても、日常生活に支障はないようですので」
 セバスの言葉を聞いたランスロットは、ほっと胸を撫でおろす。
 この書類は、急ぎのようなのだが、どうしても計算が合わない箇所が一か所だけあった。
「悪いが、それは急ぎ確認して欲しいと、伝えてもらえるか?」
「承知しました」
 セバスが部屋を出ていく様子を目で追っていたランスロットであるが、カップの湯気の勢いがなくなっているのを確認すると、仕方なく書類に視線を戻した。
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