夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 ただ、あの証明書には教皇のサインがあったこと、()()()が入っていたこと等から、本物であると判断した。
 それでも信じられないくらいだというのに。
「無理です。残念ながら、私には結婚した記憶がございませんので。心も伴わない言葉を口にされても、嬉しくはないでしょう?」
「愛しているとは、言ってくれないのか?」
 ランスロットのその言葉に、シャーリーは顔を動かさず、視線だけで彼を見た。
(ハーデン団長は、何をおっしゃっているの?)
 心臓がトクトクとなぜか高鳴っている。だから今すぐに口を開けば、動揺していることが相手に知られてしまう。
 ゆっくりと瞬きをして、気持ちを落ち着ける。
「何度も同じことを言わせないでください。今、私がハーデン団長と一緒にいるのは、結婚誓約書があるからです。ですが、私にはその記憶がございません。できることならば、誓約書を無効にしていただきたいくらいなのですが。離縁でもかまいません」
「それは……。駄目だ。君は、記憶を失っているだけだから。記憶が戻った時に困るのは、君だ」
「でしたら。あまり変なことを口にしないでいただけますか?」
 シャーリーはランスロットから視線を逸らすと、目の前の肉をナイフで切り始めた。
 その様子を見ていたセバスがランスロットにそっと近寄り、肩をポンと叩く。
 情けない表情でセバスを見上げるランスロットに、セバスはゆっくりと首を横に振っていた。
 肉を口元へ運びながら、シャーリーは横目でその様子を見ていた。
 だけど、なぜか胸が苦しかった。
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