夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
 あまりにも計算の間違いが多かったため、彼が疲れているのではないかと思ったのだ。だから、疲れを取るために甘いものを食べて、すっきりしたところでもう一度書類と向き合って欲しかった。ただそれだけのこと。
「そうですか。それは、良かったです。ですが、ハーデン団長は、計算の間違いが多いようです」
 シャーリーがはっきりと口にすると、ランスロットは「うぐっ」と言葉を詰まらせた。
 もしかして、パンでも喉に詰まらせたのかと思って焦ってしまったが、気まずそうに水で喉を潤しているところを見る限り、そうではなかったようだ。
「シャーリー」
 落ち着いたところで、彼はもう一度シャーリーの名を呼ぶ。
「はい」
 男性が苦手であるが、話しかけられた以上、無視をしようという気にはならない。必要最小限の会話はこなす。それが、自他ともに認める男性不信のシャーリーが努力しようとしているところでもあった。
「俺のことは、どうかランスと。そう、呼んでもらえないだろうか……」
 彼から紡ぎ出された言葉に、シャーリーは目を丸くする。
 なぜ、シャーリーが彼の名を愛称で呼ばなければならないのか。
 ランスロットに言わせれば「結婚をしたから」なのだろうが、残念ながらシャーリーにはその記憶がない。結婚誓約書も偽物だとか、サインも偽造されたものとか、そう思ってしまうくらいに、記憶がない。
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