夫が「愛していると言ってくれ」とうるさいのですが、残念ながら結婚した記憶がございません
第四章『一緒にお菓子を食べないか?』
◇◇◇◇

 シャーリーが目を覚まして十日が過ぎた。
 ハーデン家の屋敷での生活にも慣れたが、慣れないのは男性の使用人たちとの付き合い方だ。それでも彼らはシャーリーとの適切な距離をわきまえているようで、彼女の五歩圏内には近づかず、少し離れた場所から声をかけていた。
 だが、シャーリーにはそれすら心苦しい。
 記憶を失う前はどのようにしていたのかをイルメラに尋ねたところ、今とあまり変わっていないようだった。
(結局、二年経っても男性恐怖症は克服できていないのか……)
 男性恐怖症、つまりシャーリーは男の人が怖い。彼らから感じるのは恐怖しかない。それでも幼いころからなんとか克服しようと心がけ、適切な距離を保てば会話をすることができるようにまでなった。
 シャーリーは庭園にあるガゼボをイルメラに案内され後、ゆったりと一人でお茶を嗜んでいた。イルメラは「人がいない空間の方が落ち着く」という、シャーリーの気持ちを尊重してくれたのだ。
 庭園の花々は手入れが行き届いていて、お茶を飲みながらでも色とりどりの花を愛でることができるほど、見事なものだ。庭師の丁寧な仕事ぶりがよくわかる。
 さわさわと吹き付ける風が心地よく、思わず目を細めた。
(私が事務官として働き始めたのが二十歳だから、今は二十二歳……。もう少し大人になっているかと思ったけど、あんまりかわっていないし)
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