オフクロサマ
その人はラフな格好をしていて、水色のTシャツには桜宿と印刷がされていた。


「お待ちしておりました。暑かったでしょう」


女将さんは二人分の荷物を持とうとして裕貴から「俺は大丈夫ですから」

と辞退されていた。


小さな民泊なので従業員の姿は他に見られない。


それでも宿の中はよく冷房が聞いていて、部屋に到着するころにはすっかり汗が引いていた。


「なにもありませんが、ゆっくりしていってください」


女将さんの言うように部屋にはなにもなかった。


中央に大きなテーブルが置かれ、その上にお茶のセット。


そして小さなテレビが壁にピッタリとくっついて置かれているだけだ。


冷蔵庫は廊下の突き当りに、共同のものがあった。


それでも、畳は新調したばかりなのかい草のいい香りがして智香は思いっきり深呼吸をした。


ようやく重たい荷物から開放されて胸をなでおろす。


「景色が最高だな」


大きな窓を開けると正面に川が見える。


その河川敷には桜の木が植えられていて、春になると満開になるのだと女将さんが教えてくれていた。


今は葉桜だけれど、十分にキレイだ。
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