春の欠片が雪に降る




「買い物っすか?」

 何着か購入した服の入った紙袋を見下ろして木下が言う。

「あ、うん、まあ……木下くんも?」

 スーツ姿しか知らないせいか、なんとなく緊張してしまうけれど、態度に出さないようにしなければ。

「はい。連れの買い物付き合ってたんすけど……あ」
「ん?」
「吉川さん、飯まだやったら一緒に行きません?」

 なんとも軽やかに誘ってくれる。

「……い、いいけど」

 断る方が、意識してるみたいでおかしいよね。そう言い聞かせて頷いてみたものの。

(って、そんなこと考えてるのがそもそもおかしいでしょ……)

 出会い方を間違えたせいなのだろう、ペースが乱されっぱなしだ。

「はは、そんな睨まんでも酒飲まんから大丈夫ですって」
「大丈夫って何が……」

 言いかけて口元を両手で押さえた。
 視線を上げると、くっきりと太い二重のせいか眠たげに映る瞳、その目尻が下がる。
 そうして、ニタリと意地悪な笑みを浮かべた。

「なんでしょうね」
「知りません!!」

 声を張り上げると、刺さる視線が一層多くなる。
 しまった、と注目から逃れるように下を向くと大きな手のひらが背中に触れた。

「何でもいいです? ちょっと駅から離れた方が空いてる店あるんで」
「あ、そうだね。この辺どこもいっぱいだったの。ちょうど座りたかったんだけどさ」

 そうっすよね、と相槌を打った木下が半歩先をゆく。
 とっくに背中にあった手のひらは離れていて。すでにどこも触れ合ったりしないし、絶妙な距離感だ。

 十分ほど歩いただろうか。
 辿り着いたのは、駅から少し離れた紺色の暖簾を掲げる小さなお店。

「瀬古さんと土日出勤した時よく寄るんすよ。あ、デートっぽくないけどええっすか?」

 横開きの入り口をガラガラと音を立てつつゆっくりと開きながら、ニッと笑う、その表情は意地悪だ。

「デートじゃないでしょ」
「はは、そーでした」

< 33 / 82 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop