春の欠片が雪に降る




「若い子ばっかだと、私なんて行ったら迷惑かなーって、ね」
「そんなことないですよ。ほら、身体動かしたらスッキリするかもですよ」
「うーん、でもシューズもないし」
「軽く対人だけしましょーよ」

 ね? と、微笑まれてしまうと、ダメだった。

「……ちょっと、だけ覗くくらいなら……」
「マジで! やった! ほんなら吉川さんの気変わらんうちに早よ食いましょ、僕唐揚げセットします。吉川さんは?」
「……あ、私はだし巻きのセット」
「了解っす」

 言うが早いか。
 木下はすぐに店員の女性を呼んで注文をしてくれる。
 嬉しそうなその姿が、やっぱり可愛い。

(……なかったことにしたんだから、もっと……避けてくるのかと思うじゃん、この子、真逆じゃんか)

 喜ぶ木下を見て、何かを期待する自分がいる。ゾッとしてまた、目を逸らしたくなった。今度こそ直視できない。
 その表情からも、少し早くなった心臓の音からも。

(ダメでしょ絶対、ダメな条件が揃いすぎてるし……いや待ってそもそももう男とかダメなんだし)

 この感情は、出会ったあの夜のせいなのか、その後に知った彼のせいなのか。
 あるいはそのどちらもなのか。

 そこまで考えて、ほのりは思考を止める。
 正確な答えなんて出してはいけない。

 彼氏が欲しい、結婚したい。そんな夢を見る自分とは決別すると決めたのだ。
 そんな自分がよりにもよって八つも歳下の男の子に胸を高鳴らせているなどあってはならない。

「吉川さん、ここだし巻きめっちゃうまいんっすよ」

 注文を伝え終えた木下が整った顔をくしゃりと潰して、眩い笑顔をほのりに向ける。

(……可愛い)

 顔が熱い気がして落ち着かない。
 だけど、これ以上考えてはいけない。
 それでもドキドキと、身体の内側は、何かを訴える。

(待って無理無理無理、絶対無理)

 必死に言い訳を探している気がしているのはわかる。わかっているから。
 
 ほのりはまとまらない思考の、そのベクトルを変えてみた。
 だってそうでもしなければ、身の振り方がわからなくなってしまう。何か、何かないか。恋ではない、決して恋ではないけれど頭を支配されていても不自然でないもの。

(あ……)

 これだ! と、ガッツポーズを取りそうになったその手を何とか抑え込む。

(推しだわ)

「だし巻き、わけてあげるね」なんて、笑顔を作って。

(…………そう、そうだわ、そっち系! 深く考えるからダメだったんだわ)

 あの夜の、濃密な色香を漂わせた姿。職場での器用に立ち回る姿。そして今目の前の可愛い笑顔。
 そのどれもがほのりの頭から離れないのは確かだ。けれどその先を望まないのだから別にいいじゃないか。

(アイドル拝んでる的なね、あー、そうだわ間違いないスッキリした)

 ホッとしたならば、落ち着かない心臓は少しだけ鼓動を穏やかにしてくれたのだった。


 
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