春の欠片が雪に降る
「あ、ここ。降ります、吉川さん」
アナウンスと共に少しずつ速度を落とし始めた電車。
木下がほのりの肩をやんわりと掴み、扉から少し遠ざける。どうやらこちら側の扉が開くらしい。
ガッツリと肩を抱かれているような体勢に、ほのりの心臓だけではなく、近くにいた女の子たちまでもがヒソっとざわめく。
どこにいても目立つルックスのようだ。
これでどうしてあの日、木下はわざわざこんなに歳の離れた……彼くらいの年代から見ればおばさんであろうほのりに声を掛ける必要があったのか全く理解できない。
(……に、してもねぇ、だよねぇ、距離感ねぇ)
かっこいい、なんて小さな悲鳴も耳に入ってしまい、激しく同意しつつも。
(木下くんのパーソナルスペースってどうなってんの!?)
ほのりが思わず胸を高鳴らせてしまう距離感は、彼にとってはそうではないらしく。若い子はみんなこんな感じなのか、はたまた、木下にとって気にするに値しないくらいにほのりが無であるのか。
そんなこんなを考えているうちに、これまた何も気にする素振りなく。
木下はほのりの手首を掴み、駅のホームに出た。
降車する人たちがまばらになって来たところでその手を離され「駅からわりと近いですよ」と、歯を見せて笑う。
(……顔が、いいわ)
もうすでに、拝んで喜びを感じる自分を押さえつけることなど忘れてしまっているではないか。恐ろしい。