若旦那様の憂鬱
母と私がこの老舗旅館に来たのは、
今から10年前…

私の本当の父は、飲めば暴力を振るうような典型的なDV夫で、母は私が3歳の時に離婚した。

それから親子2人、貧しいながらも幸せな毎日を過ごしていた。

それなのに…

元夫に居場所を見つけられ、

事あるごとにお金をせびられ、
母が断ると暴れ回り、暴力を振るうようになった。

私達親子は、着の身着のまま逃げ出して、
この温泉街の老舗旅館に流れ着いた。
 
格式高いこの旅館は、当時の私にとって、
煌びやかでまるで別世界のようだった。

その老舗旅館が、
住み込みの中居を探していると知り、
母が、私の手を握りこの門を叩いたのは、
今から10年ほど前の事。

母が面接の最中に、
広い庭で待っていた私は迷子になり、
庭の片隅に建てられた弓道場に迷い込んだ。

そこで始めて彼に会ったのだった。
< 2 / 336 >

この作品をシェア

pagetop