若旦那様の憂鬱
トントントントン。

不意に控え室のドアをノックする音が聞こえ、花は慌てて柊生の膝から飛び降りる。

服の乱れを整え、なぜか挙動不審にキョロキョロとする。

それを柊生が可笑しそうに笑いながら、

「大丈夫だから。」

落ち着くように、頭をよしよしと撫ぜる。
今度は髪が乱れてしまって、花はムッとした顔で離れて行く。

「はい。」
柊生は立ち上がりドアを開ける。

そこには先程、マイクが故障した時の候補者が立っていた。

「あの、先程は助けて頂きありがとうございました。ちょっとだけ、お時間良いですか?」
と言って、部屋に入って来ようとする。

「すいませんが、何か御用ですか?」

柊生は落ち着いた態度でそう言って部屋に入ら無いように止める。

「あの、お礼をと思いまして手作りのお菓子なんですけど貰って頂きますか?」
そう言って、候補者の女性が紙袋を柊生に渡そうとする。

「いえ、すいませんが受け取れません。
主催者側からくれぐれも審査員や関係者へのお礼や差し入れは渡さないようにとお達しがあったはずです。

僕も二次審査の審査員をしていますし、
もしも僕が貰ってしまうと、貴方は失格になってしまいますよ。
それでも良いんですか?」

穏やかに話しながらそれでもきっぱりと柊生は告げる。

「そこは内緒で貰って頂ければと…。」
なかなか候補者は食い下がらない。

柊生は意を決したように、ドアを開けて花に手招きする。

えっ⁉︎っと花は一瞬固まる。
行かない訳にも行かなくて…ペコリと頭を下げてドアに近付く。

「僕の婚約者です。
お礼を言うなら僕じゃ無く彼女にお願いします。機転を効かせてマイクを持って来てくれたのは彼女ですから。」
そう言って花の背中を優しく押す。

候補者にチラッと見られ、花はビクッとしてしまう。

「…そうですか。大変申し訳ありませんでした。」
そう言って、候補者が去って行った。

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