太陽と月の恋
私たちはテレビ・健康家電のフロアに置いてかれたように残る。

剛くんはと言うと、頭を下げたまま固まっていた。

「剛くん」

彼の腰あたりにそっと触れ、声を掛ける。
彼はゆっくりと上体を起こして、フラフラとエスカレーター脇のベンチに座り込んだ。
私もその隣に腰を落とす。

「剛くん」

もう一度声掛けるけど剛くんは組み込んだ両手の指先を見つめるように俯いたまま答えない。

「大丈夫?」

そう聞くとやっと剛くんは犬のようなキュルキュルとした目を私に向けた。

「ごめん」

一言だけ呟いてふらりと立ち上がった。
その背中を追いかける。
盛り上がりを見せる大学駅伝。だけど今、それを映すテレビの画面すら虚しい。
ドライヤーの脇を抜け、マッサージチェアの前を通り、フロア奥の階段の前でやっと止まった。

剛くんは自動販売機で温かいココアを買い、私にくれた。
自分も続けてお茶を買う。

近くにあったベンチにまた力なく座る。

「剛くん、大丈夫?」

私は隣に腰掛け、3度目の名前を呼んだ。

「ごめん」

またしても一緒。力が抜ける。
私は仕方なしにココアを飲んだ。

「さっきの前の嫁なんだよね」

隣の剛くんがそう言った。

「嫁?」
「嫁」

フロア遠くを色鮮やかな駅伝ランナーが駆け抜けていく。
赤、緑、黒、オレンジ・・・。
だけど私の目の前は灰色だった。

私は静かに絶句した。
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