婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

 ——私はただ、運が悪かっただけなのだ。

 両親と兄たちが事故で亡くなったのも、義妹があんな女だったのも、あの時治癒室に私しかいなかったのも、すべてついてなかっただけなのだ。

 フィルレス殿下の執務室へ向かっていると、途中で側近のアイザック・ルース子爵令息が迎えに来てくれた。きっと私が逃げないように監視するためだろう。

 普段は王城の奥まで入ることがないため、ソワソワと落ち着かない。
 やっと目的の部屋に着いたのか、アイザック様が凝った装飾が施された漆黒の扉をノックした。

「殿下、ラティシア様をお連れいたしました」
「入れ」

 短い返答の後に扉を開いて、中へ入るように促される。覚悟を決めて足を踏み入れた。

「失礼いたします。私をお呼びと伺いまいりました」

 そう言って、昨日はできなかったカーテシーをする。フィルレス様から声をかけられるまで下げた頭を上げてはならない。

「おはよう、ラティシア。そこへかけてくれる?」

 フィルレス殿下から声がかかったので顔を上げると、やけに嬉しそうにニコニコとしている。昨日の治癒の効果が出ているのか調子もよさそうだ。これから処分を言い渡すのになぜこんなに笑顔を浮かべているのだろう。

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