婚約破棄された王太子を慰めたら、業務命令のふりした溺愛が始まりました。

「ちょっと! すぐに要件を聞きにきなさいと言っているでしょう! 本当に鈍臭(どんくさ)いわね!」
「も、申し訳ございません……! 他の仕事をしておりましたので遅れました!」
「わたしの専属メイドなら他の仕事なんて必要ないでしょ!?」
「それが……先日メイドが辞めたので、どうしても手が回らず見かねて手伝いを——」

 いつまでも言い訳ばかりのメイドに腹が立って、ティーポッドごと投げつけた。まだ湯気の立っているお茶がメイドの肩にかかり、醜い悲鳴を上げて膝をつく。

「ぎゃあっ!! ああっ……ゔゔゔ!!」
「口答えが多すぎるのよ。わたしは蜂蜜入りのお茶が飲みたいの。さっさと準備してきなさい」

 メイドはうずくまって耐えていたが、よろよろと立ち上がり厨房へと向かった。口答えするメイドや態度の悪いメイドには、こうやって躾をするのもわたしの役目だ。

 せめてマクシス様がこの屋敷に常駐していればいいのだが、年の三分の二は領地に行っていて不在にしている。戻ってくるのは社交シーズンと、王都での仕事がある時だけだ。

 わたしに愛を囁いて大切にしてくれていたのは、結婚してから最初の一年間だけだった。カールセン家の領地経営のために度々あの田舎まで行っていたけど、だんだんと王都のタウンハウスに戻ってこなくなった。

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