Restart~あなたが好きだから~
このところ、引継ぎやオフィスの移動で、バタバタしていた役員フロアも、現体制最終日の午後ともなると、落ち着きを取り戻し、ポストが変わる面々を含めた残留する取締役たちの動きは、通常になっていた。会食を終えて、戻って来た氷室も、例によって、いくつもの会議を駆け回っていた。


そんな氷室に付いて、その中のいくつかのミーティングに参加しながら、合間を縫って、自分の業務を進めていた七瀬だったが、やがて定時になると、執務室を出て、秘書課のオフィスに向かった。この日を最後に秘書課を離れる後藤田と宇野の送別ミーティングが行われるからであった。


課長の話の後に、挨拶に立った2人は淡々と別れの挨拶を述べ、最後に後藤田が


「華やかな秘書課の雰囲気にそぐわず、ただ課の平均年齢を上げて来たおっさん2人が去り、秘書課の前途は洋々だと思います。みなさんのこれからのご健勝とご活躍を心よりお祈りいたします。ありがとうございました。」


と笑いを誘いながら締めると、オフィスは大きな拍手に包まれた。その後、後藤田に花束を贈呈する役目を担った七瀬が


「短い間でしたがお世話になりました。これからもお身体に気を付けて下さい。」


と挨拶すると


「全然お世話なんかしてないよ。でも藤堂さんも早くも後輩が出来ることになるから、頑張ってな。」


後藤田は穏やかな笑顔で答えた。やがてセレモニ-が終わりに送られながら退室して行く彼の後ろ姿を見送りながら


(『仕える上司に惚れ込まなきゃ、いい秘書にはなれない』っていう後藤田さんの言葉、肝に銘じます。)


七瀬は思っていた。


オフィスに戻ると、氷室はまだ戻って来てなかった。帰り支度を整えながら、スマホを見ると


『お疲れ。今夜の件、了解です。専務のバディは大変だね、ファイト!』


という沙耶からのメッセ-ジが目に飛び込んで来る。ごめんねと、内心でもう一度呟いて、スマホを閉じると、デスクの電話が鳴る。すぐに出ると


『七瀬、どうだ?』


氷室の声が響いて来る。


「もうすぐ出られます。」


七瀬が答えると


「地下の駐車場にいる。準備出来たら、すぐに降りて来い。」


有無を言わさないような口調で言うと電話が切れる。


(どうしたんだろう、専務・・・。)


そんな彼の態度に違和感しか感じられず、七瀬は不安になる。
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