Restart~あなたが好きだから~
「わかりました、副社長が戻られ次第、お耳に入れますが、この件に関しましては、直接副社長にご説明いただく必要があると思います。本日16時には、時間が取れると思いますから、資料の準備をお願いします」


そう言って、七瀬は掛かって来た内線電話を置いた。彼女が副社長秘書になってから、あっという間に3ヵ月が過ぎ、専務秘書の時期を含めれば、七瀬の秘書としてのキャリアはそろそろ半年に近づこうとしていた。


「お前には、俺のバディになってもらう。」


圭吾にそう言い渡され、訳の分からぬままに、秘書としては、場違いとしか思えない会議や取引先との会合に連れ回され、目を白黒させる日々を過ごしているうちに、徐々に圭吾が自分に何を求め、何をさせたいのかわかって来た七瀬は、やがて彼とは別行動で、その留守を預かることが多くなっていた。


「今度の副社長秘書は、ちょっと違うぞ。」


今では、社内にそんな認識が広まって来ている。先ほどの電話でも、普通の秘書なら「副社長が戻られ次第、お耳に入れます」で終わっていたはずだ。それが副社長の指示を仰ぐこともなく、言葉は柔らかいが、直接の報告を求め、時間まで指定して、電話を切った。


そんな七瀬の対応は、最初は当然驚かれ、また「なんで秘書に指図されなきゃならないんだ?」という反発も招いた。だが、そんな彼女の判断や依頼(指示)は結果として、常に的確であり、その一方で分を弁え、自分で対処できないことに対しては、決して出しゃばったことをすることはなかった。


果たして、今回も外出から戻った圭吾は、七瀬の報告を聞き


「わかった。」


と頷いただけだった。こういうことが繰り返されて行くうちに


「まだ入社4年目だろ?」


と社員たちは舌を巻き、七瀬に一目置かざるを得なくなっていた。


圭吾にその他の留守中の状況も手早く報告し終え、自分のデスクに戻った七瀬は、能吏よろしく事務業務を捌きながら、入って来る連絡や副社長室を訪れる来客や社員たちにも怠りなく対応して行く。そこには、いきなり専務秘書に抜擢され、右往左往して頃の姿はもうなかった。


やがて最後の来客を見送り、この日のスケジュ-ルが滞りなく終了したのを確認した七瀬は、改めてノックをして副社長執務室に入った。


「副社長、お疲れ様でした。」


「ああ、七瀬もお疲れ。」


「コーヒ-をお持ちしましょうか?」


「いや、すぐに出よう。」


「わかりました。」


圭吾の言葉を受けて、七瀬は一礼して下がって行く。
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