成瀬課長はヒミツにしたい
「パパ、おかえりなさい!」

 乃菜が元気よく玄関に飛び出して来る。

「ただいま」

 明彦は乃菜の頭に手を置くと、ふいに鼻をかすめるカレーのスパイシーな香りにお腹をグーっと鳴らした。


「パパ、はらぺこー」

 乃菜は楽しそうに、廊下をスキップしている。

 明彦は、パチパチと油のはねる音を聞きながらリビングに向かった。


 イベントが終わってからすぐ、柊馬と真理子は何事もなかったかのように、家政婦に戻って来てくれた。

「夕飯は、柊馬の夏野菜カレーか……」

 つぶやきながらキッチンを覗くと、いつものカーキ色のエプロン姿の柊馬が立っている。

 そんな見慣れたはずの光景にも、どこかでほっとしている自分がいた。


「今日、真理子ちゃんは?」

 明彦は大きな口を開けて、素揚げのナスにかじりつくと顔を上げる。

「あぁ、なんか秘書課のみんなと、食事に行くって言ってたな」

「ふーん。うまくやってるんだ」

「まあな。でも、毎日ねほりはほり、色んなこと聞かれるって苦笑いしてるよ」

「そりゃそうでしょ。みんなの憧れの“成瀬課長”に、あんな公開プロポーズされちゃったんだから」

 明彦が声をあげて笑うと、柊馬は迷惑そうに顔をしかめた。
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