最後の詰みが甘すぎる。


「柚歩」

 その日の夜、帰宅すると廉璽が玄関の扉の前で待っていた。
 母は今日は趣味のズンバダンス教室に出掛けている。家の中に誰もおらず待ちぼうけを食らっていたのだろう。だから連絡をよこせと言ったのに。

「明日って対局だっけ?」
「いいや。今日は柚歩に聞きたいことがあって……」
「聞きたいこと?」

 プロポーズを断った理由だろうか。どうせ言ったところで理解できないだろうと仄暗い笑みが浮かぶ。

「俺が棋士をやめたら結婚する気になるか?」

 予想だにしない言葉に柚歩は平手で廉璽の左頬を打った。

「そんなことを口にするなんて絶対に許さないっ!!」

 将棋以外の道なんて最初から選択する気なんてないくせに。怖気付いた柚歩を置いてどんどん先に進んでいったくせに。
 どの面下げて棋士を辞めると言うのか?

「先に手を出したのはそっちだからな」

 怒りに満ちた表情で睨み返され、柚歩は仕返しを覚悟し目をぎゅっと瞑る。
 しかし、いくら待てども平手はお見舞いされなかった。
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