彼女はアンフレンドリーを演じている




 まだ、社内恋愛への恐怖を取り除けた訳でもないのに、人肌が恋しいなんて思ってしまう自分はもう、蒼太以外に考えられない。

 シンクで寿司桶を洗いながら、そんなふうに気持ちの整理をしていた美琴の下に、ほろ酔いの蒼太が擦り寄ってきた。



「怪我人の蒼太くんは座ってて」
「美琴ちゃんにさ、話しておきたいことあってきちゃったよ」
「って、肩に顔乗っけないで……!」



 日本酒の香りと蒼太の甘ったるい声が、美琴の耳を伝って脳へと刺激を与えてくる。

 洗い物作業により両手が塞がっているせいで、それをどうすることもできない美琴が熱を上昇させ顔を赤くした。

 すると、瞼を閉じて心地良さそうにする蒼太が、意識をふわふわさせながらも大事な話を始める。



「今日の件、俺が単独で階段踏み外したことにしてほしいんだ」
「っえ? ……なんで?」
「美琴ちゃんを庇って、なんて言ったら変な反感買うかもしれないから」
「そんなの、私のせいだから買って当然っ」



 すると会話の途中で突然、美琴の腰に蒼太の腕が回ってきて、きゅっと背後から抱き締められた。



「俺は、美琴ちゃんを守れたらそれでいい」
「っ……!」
「でも、そのせいで美琴ちゃんが悪く言われるのは嫌だから……」



 そう言って美琴の肩に顔を埋める蒼太の髪が、首筋をくすぐってくる。
 変な声が出そうになるのを必死に我慢して、濯ぎを終えた美琴は水を止めて呟いた。



「そこまで考えてくれて、ありがとう」
「……うん」
「蒼太くんがそうしたいなら、それに従うよ」



 今までだったら、自分が嫌われることに何の抵抗もなかったのに。
 それが蒼太を悲しませることになるのなら、自分だけの問題ではないのだと考える。

 蒼太の想いが、自分に向いていたと知る今なら、尚更……。



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