あなたと私の恋の行方
キスの余韻はまだ唇に残っているのに、心は冷え切ってしまった。
(キスくらい、佐野部長は誰とだってできるのかも)
午後の仕事をこなしながら、私の心は荒んでいくばかりだ。
パソコン画面にむかって去年のデータと見比べてチェックしていくが、集中できない。
昼休みに見た、佐野部長と美女の姿がどうしてもチラつくのだ。
何度も見比べてイライラしていると、見かねた小谷さんが声をかけてきた。
「変わろうか?」
「いえ、大丈夫です」
「ホントに?」
「はい。すみません」
小谷さんへの返事がすでに棒読みで、心からの物ではなくなっている。
心の乱れが仕事に差し障るなんて今までになかったことだから、つい意地になった。
「なにかあったら言えよ」
小谷さんが呆れたように言って、自分の仕事に戻っていくのを見送った。
(ごめんなさい)
心の中で謝るしかない。
悪いのは私だってわかっているんだけど、不自然なくらい部長席を見ないようにしてしまう。
午後六時を過ぎると、周りの席の人たちがデスクを片付け始めた。
残業になりそうな人は軽食をつまんでいるようだ。
(今日は帰ろう……)
なんとかチェックを終えたのでパソコンの電源を落としたら、佐野部長がこっちを見ているのに気が付いた。
「お疲れ様です。お先に失礼します」
殆ど部長の顔を見ずに挨拶だけすると、私は企画部から出た。
***
難しい顔をしている柊一郎に、小谷がそっと声を落として聞いてきた。
「西下と、なにかありましたか?」
「いや、特には」
柊一郎は言葉を濁した。
あったと言えばプライベートで、重大なことがあった。だが、小谷にも話すわけにはいかない。
「なんだか今日の午後、西下の様子が変でしたよ」
「そうか」
「じゃ、僕も帰ります。お疲れ様でした」
「ああ、お疲れ」
なんとか平静を保ったが、鋭い小谷はなにか気が付いているんだろう。
黙ってくれているのはありがたいが、自分でもどうしようもなくイラついている。
(厄介だな)
自分の立場、西下由香の家族関係、考えれば考えるほど出口が見えない。
しかも義母の体調のこともあるし、仕事は山積している。
自分が背負っているものの大きさに、柊一郎は時々嫌気がさすことがある。
そんな時、由香のふんわりとした優しさが無性に恋しいのだ。
(さて、どうしたものか……)
柊一郎にしては珍しく、長いトンネルの中を歩いている気分だった。